お兄ちゃん?
びっくりしてる私に、兄は教えてくれた。

天花寺家が旧華族という、名家なこと。
そして、うちは天花寺家のに代々仕えてきたこと。

「昔の言葉で言うと『主筋』やって言って、お父さんは気を遣ってるねんけど、もうそんなん関係ないやん。なんであいつらに頭下げんとあかんねん。」
兄は、以前から気に入らなかったらしい。
「何が、名家やねん。お父さんが援助せんかったら、ろくな収入もないくせに。お父さんに寄生してるくせに……。」

兄の言葉もまた、私には衝撃だった。
「お兄ちゃんは、百合子姫も、恭兄さまも嫌いなん?」

「……きょう?……ああ、恭匡(やすまさ)さん?いや、恭匡さんはわからん。普通にしゃべったこともないし。いっつも涼しい顔してはって、何考えてはるんか、よぉわからんねん。」

確かによくわからない人だった。
でも、あのお干菓子は美味しかった。
……父が言ってた通り、私は餌付けされたらしい。

「恭兄さまって、歳、いくつなん?すごい字ぃ上手かったよ。」

そう尋ねると、兄は頷いた。
「天花寺(てんげいじ)は、代々、書道の家やからな。え~と、恭匡さんは俺より2つ上や。4月に中等科に進学されたって言うから、13才ぐらいちゃうか?」
中1……大人びた口調と態度からはもっと年上に感じたけど、確かに見た目はそんなものなのかな?

「百合子姫は?」
私がそう尋ねると、兄は顔をしかめた。

「姫、とか言うな。あいつもあいつの母親もむかつくねん。なにが『世が世ならお姫様』やねん。今はただの貧乏人のくせして!」

「おい!いい加減にしないか!さっきから言葉が過ぎるぞ。」
いつからそこにいたのか、父が怖い顔をして立って居た。

兄は一瞬たじろいだが、それでも負けずに刃向かった。
「せやけど、由未がひどいこと言われたのに!お父さん、何であいつらに肩入れするんや!」

父は泣きそうな兄の両肩に手を置いて、兄の目を見て言った。
「アホか。私が計算なしに天花寺を援助すると思ってるんか?これはビジネスや。お前にもそのうちわかる。今は私を信じて、我慢して頭下げとけ。」
それを聞いて、兄の目が強く輝いた。

「よし、その顔や。男が情けない顔すんな。……それから、何か勘違いしてるみたいやからハッキリ言うとくけどな、私に寄生してるのは天花寺だけやない。義人、お前もそうや。」

「何でや!俺は、お父さんの子供やぞ!」

「……子供やからって、私の会社や財産をあてにしたり、笠に着るのはみっともないことや。お前はお前の力で成功せなあかん。今のお前に他人様を『貧乏』なんてあざ笑う資格はない。それじゃ、お前の嫌いな百合子姫と同じや。」

兄は、父の言葉に打たれたらしく、目を見開いて黙ってしまった。