「仕出しが届きました。」
父の秘書の原さんが、廊下からそう声をかけたのを機に、私は父と一緒に移動した。

母屋の座敷には、お膳が6つ並べてあった。
父と私は、入口のそばに座る。

しばらくして、綺麗だけど神経質そうなおばさまと、百合子姫が入ってらした。
……たぶん、さっき恭兄さまが言っていた、橘家から離婚して戻ってきたというご当主の妹さんなんだろう。

父が手をついてお辞儀をするのを真似て、私も慌てて頭を下げる。
おばさまは私達を一顧だにせず、着席した。

同じく私達から顔を背けていた百合子姫が、着席する時に私を見て、目を見開き、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「何であなたが私の服を着てるのよ!信じられない!この泥棒!」
びっくりして心臓が止まるかと思った。

「これ、百合子。おやめなさい。」
おばさまが、興味なさそうに、百合子姫を窘(たしな)める。

「だってママ!私の服を!よりによって、あのワンピースを!!あんな下賎(げせん)の子が!ひどい!」

げせん……?
私にはその意味がわからなかったけれど、胸をぎゅっと掴まれたような痛みを感じた。

おろおろする私の手を父が握りしめる。
「……黙ってなさい。」
小声で父は私にそう言った。

「何を騒いでるんや?百合子の声は神経に触るし、静かにしいって言うたやろ?」
柔らかい鼻にかかった京言葉の男の人がそう言いながら入ってきた。

「だって、おじさま!この子が、私の服を勝手に!」
それでもなお鼻息の荒い百合子姫に、
「父は静かにしろ、って言ってるんだよ、百合子。父の言うことが聞けないなら、この家から出て行けよ。」
と、怖い口調でぴしゃっと言いながら、最後に恭(きょう)兄さまが入ってきた。

「恭匡(やすまさ)さん……。」
百合子姫が、口惜しそうに黙る。

恭兄さまは、きつい目で百合子姫を見下ろして言葉を重ねた。
「僕が由未ちゃんのお洋服を汚してしまったから、お前のを代わりに使わせてもらったんだ。文句があるなら僕に言え。」

百合子姫は、口をつぐんで、ぷいっとそっぽを向いた。

静かになった座敷にみんなが着席したところで、ご当主が口を開かれた。
「竹原、今日はおおきに。由未ちゃん、よう来てくれはったなぁ。また遊びに来てな。ほな、いただきまひょ。」

……お料理はたぶんとても美味しかったんだと思う。
でも、私には味が全くわからなかった。
それどころか、喉がつかえて、飲み込むのに苦労した。

誰も何も話さず、黙々と食事をした。

ものすごく長い時間だった。