翌週は、兄も一緒に天花寺(てんげいじ)家へ行った。
車中、父が兄に言い聞かせていた。

「いいか?嫌いな相手、腹が立つ相手とは、同じ土俵に立ったらあかん。そういう奴とは違う価値観を持って、自分のやり方で負かすんや。その場でカッとなったら、負けやぞ。」

父の言葉をじっと聞いて、兄はゆっくりうなずいて、不穏な笑みを浮かべた。

天花寺家に着くと、恭(きょう)兄さまが出てきた。
「ごきげんよう、竹原さん。父が四阿(あずまや)で待ってます。」

父は、にこやかに挨拶して、秘書の原さんから受け取った紙袋を恭兄さまに手渡した。
「これは珍しい。恭匡(やすまさ)さまがお出迎えくださるとは。お目当ては、これですか?」

恭兄さまは無表情で紙袋を受け取り、私たちに視線を移した。
「こんにちは、義人くん、由未ちゃん。」

天花寺家の人が話しかけるまで自分から口を開いてはいけない、との教え通り、兄と私はおもむろにご挨拶した。

「では、恭匡さま、後ほど。義人、ついてきなさい。」
父と兄を追わず、私は恭兄さまの紙袋を見つめていた。

恭兄さまは小さく笑って、
「さ、お姫さま、どうぞ。」
と、私に向かって言った。

お姫さま!
私は、たぶん滑稽なぐらい慌てふためいた。

「お姫さまじゃ、ない、です……」
……百合子姫のような人がいるのに、お姫さまなんて。

ちょっと涙目になった私の手を取って、恭兄さまはスタスタと廊下を進んだ。
少し小走りでやっと私はついていった。

「今日は、お茶の準備もしといたんだ。」
恭兄さまはそう言いながら、私を先週のお部屋へといざなう。

てっきり、紅茶か、緑茶か、はたまたお抹茶かと思ったら、ガラスの急須に氷がいっぱい入っていた。

「氷水(こおりみず)?」

鼻歌でも出てきそうな上機嫌な様子で、恭兄さまは緑の紙袋から粽(ちまき)の包みを2つ取り出した。
「まずは、水仙粽(すいせんちまき)ね。はい、どうぞ。」

恭兄さまが、粽(ちまき)をの束から1本取り分けて、四角い黒塗りのお皿に朱塗りのスプーンを添えて渡してくれた。

「これが、粽なん?……ですか?」
ぐるぐる巻いた藺草をほどいて、笹を開けた私は思わずそう聞いてしまった。

……私が知ってる粽と言えば、5月5日に食べる、笹に包まれた甘い白いお餅だ。
でも、今渡されたコレは、透き通ってぷるぷるしていた。

「これはね、吉野葛と上質なお砂糖だけでできてるんだけどね、まあ、食べてみて。」

私はスプーンですくって、口に運ぶ。

……ちゅるりん、と喉の奥に入って、いなくなってしまった……のに、この爽やかで豊かな余韻は、なんだ!?