「いるよ。大嶋太空先輩」
「し、知らなかった」
香音は朝、学校へ行って一番に中学からの男友達、佐斗司に尋ねた。
佐斗司は中学の時よりもさっぱりと髪を短くしていて、いかにもスポーツマンという風貌になっていた。
「大嶋先輩がどうかした?」
「別にどうかしたわけじゃ。昨日会って、それだけなんだけど」
「え、何、カツアゲ?」
こわごわ尋ねられ慌てて「違う違う!」と否定した。
「ならいいけど……。不良って噂だからさ」
「え?」
佐斗司は水泳の推薦で入学が決まってから、もう何度か高校に訪れ、練習に参加していた。そこで噂を聞いたらしい。
「授業サボるわ、部活サボるわ……。単位ギリギリらしいけど」
「そ、そんな、まさか」
昨日、日香流から聞いた話とは別人に感じた。
「でも、何か、何故か委員会は出てるって話だけど」
「委員会?」
「図書委員。各クラスから一人ずつ出るらしいんだけど、基本的に、面倒だから所属だけして活動しない奴がほとんどで、それ教えてくれた先輩もそのクチだって」
よくわからなかった。
昨日、シュート練習をしていた太空の横顔を思い出す。
あんなに真面目そうな人が、部活も授業も出席しないなんて。不良なら面倒な委員会にだって出ないはずだ。妙な矛盾した情報が頭の中でぐるぐると回る。
「つか。お前さ」
「へ?」
「高校では俺と他人のふりするとか言ってなかったか? 女友達できないからって」
「……あ」
すっかり忘れていた。
ささっと辺りを見ても、すでに女子はグループに分かれている。男女で話しているのは香音と佐斗司だけだった。
「しまった……」
「友だちゼロ決定だな」
ミニバスに通っていた頃は男の子の友だちが多く、水泳に通い始めても、遊ぶ相手は男の子だった。だからなのか、女の子同士のつき合いがよくわからない。ひそひそした感じも苦手だが、グループ活動の時に困る。
高校になったらさすがに男子に混ぜてもらうというわけにもいかない。
「佐斗司ぃ……」
「オリエンテーションで頑張れ」
佐斗司はぽんぽんと香音の肩を叩いて、自分の席へ向かう。香音と離れた佐斗司にはすでに友だちが集まり「さっきの彼女?」「違うっつの」というやり取りがなされていた。
誰か自分にも「さっきの彼氏?」などと言って茶化してくれる友人はいないものだろうか。
「ねえ、さっきの彼氏?」
「違うよ、ただの友だ……え?」
振り向くと、ショートヘアの女の子がいた。縁が目立つメガネをかけている。
「あの……?」
「あれ、覚えてない?」
彼女はメガネを外した。その顔に見覚えがある。
「未央子?」
「正解」
にこっと笑うとえくぼが出来た。
未央子はミニバスで一緒だった。小学校も一緒で、唯一の女友達だった。
「すごい! すごい!」
「久しぶり。クラス分けの表を見てからずっと気になってて」
未央子はメガネをかけ直してから、すっと佐斗司を目で追いかける。
「本当に彼氏じゃないの?」
「違うって。スイミングの子」
未央子がいてくれたことでひと安心する。
彼女はミニバスの選手ではなく、兄の佳哉の付き添いで来ていただけだ。未央子と佳哉はあまり性格が似ていない。ただ、顔はよく似ている。
付き添いで来ていただけなので、男の子の友だちがいるわけでもなく、佳哉のせいでむしろ男子からは嫌われていて、女子はそんな未央子に優しくした。
もう流石に、佳哉絡みでいじめられることはないだろうが「未央子~」と女子のグループに呼ばれていることから、変わらず彼女は女の子と仲がいいようだ。
香音は未央子に連れられて、無事、女子のグループに迎え入れられた。
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