「てめっ! 待ちやがれ!」

 拓けた通りに出たところで、遊び人風の男が駆け寄ってきた。
 その後ろには、例の牢人もいる。
 林太郎は少し考え、ぱっと身を翻すと一目散に逃げた。

「逃げるんじゃねぇよ!」

 嘲りの色を含みながら、男が吠えつつ追ってくる。

「はははぁ! この腰抜けめ! お前なんぞにお志摩は勿体ねぇぜ」

 笑いながら匕首を振り回す男が、林太郎を追って小さな路地を曲がった。

「……?」

 男と間を開けて後についていた牢人の足が止まった。
 角を曲がって姿が見えなくなった途端、男の声が掻き消えたのだ。
 遠ざかる足音もしない。

 しん、と静寂が落ちる通りに立ち尽くしていると、やがて、ざり、と砂を踏む音がし、路地から林太郎が姿を現した。
 牢人が、腰の刀に手をかけて身構える。

「……殺ったのか?」

 腰を落としたまま、牢人が口を開いた。
 林太郎の袴についた血に気付いたらしい。

「一人になるよう、わざと追わせて、路地に誘い込んだか」

「相手の技量も正確に読めないような奴に、馬鹿にされる謂れはないんでね」

 ゆらりと立ったまま、林太郎は抑揚のない声で答えた。