お志摩は長屋の隣に住む娘だ。
 単なる町娘だが、その辺りで評判になるほどの器量良しで、れっきとした商家などの男からも言い寄られることがあるほどだった。

 そんなお志摩との縁談が、何故か隣家の林太郎(りんたろう)の元へ転がり込んできた。
 お志摩の両親の言うには、商家の妾になるよりは、貧しくともお志摩一人を大事にしてくれる者のほうがいいらしい。

 林太郎は一応武士だが、牢人である。
 暮らしぶりは町人と変わらない。

 家が隣同士ということもあり、林太郎とお志摩は仲が良かった。
 歳の頃も近いし、林太郎には特に浮いた噂もない。
 剣に明け暮れる武骨者に白羽の矢が立ったのは、当然と言えるかもしれなかった。

「林太郎さんに嫁いだって、今と何ら変わらないわ。でもちょっと安心」

 正式に祝言の話があったのち、お志摩は林太郎にそう言って、恥ずかしそうに微笑んだ。
 お志摩は元々林太郎を好いていたようなのだ。

 小さい頃から可愛かったお志摩を何かと守って来たのが林太郎だ。
 お志摩にとって林太郎ほど頼れる男はいないだろう。

「道場でも、一番練習熱心だものね」

「俺みたいな小せぇ奴は、人の倍の鍛錬が必要なのさ」

 林太郎は小柄故、力も弱い。
 それを補うために、人一倍の努力をしてきたのだ。