華耶王国は、ディラン王がおさめる小国。
ディラン王には、今年十八歳になる
双子の息子がいた。
兄のシオンは美しい金色の髪を横に束ね、
長い前髪で左目が隠れており、
右目は空色の瞳をしていた。
また、弓も剣も槍も巧みに使いこなす
天武の才を持っていた。
持ち前の優しさで臣下からの信頼も厚く、
理想の王子であった。
弟のグオンは明るい茶色の髪を後ろで結い上げ
同じく空色の瞳をしていた。
弓、剣、槍も使いこなせるが、それは彼の
努力のたまものである。
グオンは誰よりも努力家で真面目だった。
その真面目さゆえ、臣下も彼を認めていた。
この二人の違い。
それは、王位への執着であった。
兄、シオンは王位などには全く興味がなく
むしろ弟が王になるべきだ。
と思っていた。
弟、グオンは現王ディランに憧れ、
王になることは小さな頃からの夢だった。
だが、ディランは王位をシオンに譲ると決め、
そしてつい今しがた、病のため亡くなった。
この双子の王子と華耶王国の
伝説の四聖獣をも巻き込んだ
冒険の始まりである。
シオンside
「…グオン、いつか必ず来ると思ってたよ」
満月の夜、私は振り返らずに
呟くように言った。
「…」
何も答えないグオンの手には、
短刀が握られて、その刃を背後から私の
首に当てていた。
私は穏やかに笑うと、言った。
「グオンは間違ってない。私は王には相応しくない。」
「…こんな状況で、なぜ笑う。」
口を開いたグオンの問いに、私は
「わかっていたことだよ、今更恐怖なんて微塵も感じてない。一息に殺ってくれ」
と言い放つ。
グオンはその言葉を聞くと、ぐっと唇を
噛みしめて、短剣を振りかぶる。
「やっぱり…あんたには叶わないよ、シオン」
そう呟きながら、シオンに向かって短刀を
振り下ろす。
グオンの言葉を聞き、それはこちらの台詞だと
思いながら、私は目を閉じた。
だが、ザクッと生々しい音がしたのに
全く痛みがやってこない。
目を開けてみると…
私もグオンも目を見開いて固まった。
私の目の前に立っていたのは黒髪の青年だった
青年の肩には短刀が深々と刺さり、
肩からは血が溢れでた。
「エーラ…!?」
私は目の前の血を流している青年の名を叫んだ
エーラは幼い頃から私に仕えてくれている
従者だ。
「シオン様!ご無事ですか!?」
自分の傷など気にせず短刀を跳ね除け
こちらを振り返るエーラの姿に、
出そうになる。
エーラはシオンにとって、従者という関係
だけではなかった。
立場上、友などできず、グオンからも
好かれてはいなかったシオンのたったひとりの
友と呼べる存在だった。
だから…最近は王位争いに巻き込みたくなくて
距離を置いていたのに、肝心な時に…
「あぁ、大丈夫だ…すまないエーラ…」
私のせいだ、と続けようとすると
エーラはそれを遮るように言った。
「私のせいだなんて言ったら怒りますよ、シオン様。従者が主人を守るのは普通の事です。」
そしてエーラはグオンに向き直ると藍色の目を
細くして睨みつけながら言う。
「これはどういうことですかグオン様」
その問いに、グオンは答えない。
ただ、真っ直ぐとエーラを見ているだけだった
「…実の兄を王位のために殺そうというのか!?あなたの誇りがそれを許したのか!?」
エーラは血が滴る肩を抑えながら怒鳴る。
私はそんなエーラの怪我をしていない方の肩に
手を置き、下がらせる。
「シオン様…」
「エーラ、私の従者としての任を解く。」
私は、エーラの言葉を無視してそう言い放つ。
今、私といてはエーラも確実に殺される。
いや…もう手遅れかもしれないが…
今私に出来ることはこれしかない。
「グオン、たった一つの願いだ。エーラを殺さず、逃がして…「嫌でございます!」
グオンに向かって頭を下げようとした私に、
エーラはワガママのような言葉を叫んだ。
思わず私はエーラを振り返る。
エーラは苦しそうな顔で額に汗を滲ませて
いたが、瞳には強い決意が宿っていた。
「その願いは…聞き届けられないな。シオン。エーラにも死んでもらう。」
グオンはそう言うと、再び短刀をこちらに向ける。
それに反論しようとシオンが口を開くと、
何も言わないうちにグオンが、
「ただしシオン。お前が生きたいと望むなら、エーラに生きて欲しいと望むなら、この城から生きて逃げのびてみろ。」
私はグオンの言葉に耳を疑う。
なぜ、今この場で私を殺さない?
だが、その考えは四方からの弓を引く音で
中断された。
エーラもそれに気づいたようで、私の腕を
掴んで走り出す。
エーラの命がかかっている。
誰よりも、私の側に居てくれたエーラの命が。
そこから先は、考える必要はなかった。
まだ…死ねない!
エーラは私の手を引いて走りながら、
背負っていた剣を抜き、
飛んできた弓矢を薙ぎ払った。
四方の屋根の上から何人もの兵が
こちらを狙っているようだった。
「従者の方を狙え」
そんな声が上から聞こえ、思わず私はエーラを
守るように立ち、声が聞こえた屋根にある
人影を睨みつけた。
その時、強い風が吹き、シオンの前髪が揺れた
その瞬間だった。
「て…撤退!撤退ー!!」
と、兵たちが叫び、一瞬にして周りには誰も
居なくなったようだった。
私は唖然としながら、屋根の上を見渡す。
「…よくわかりませんけど、今のうちに城から抜けましょう、シオン様」
エーラはそう言いながら私の顔を見ると
驚いた表情になり、
「…金色の…眼…?」
と、呟いた。
金色?
私の目は青かったはず…
シオンはそう思い、どういう意味か聞こうと
するが、エーラは
「何でもないです、行きましょう!」
と言って再び私の手を引いて走り出した。