「わかりません。でも、上総んが役者を辞めるんじゃ、別れた意味ないのは確かですね。てか、正直なところ、役者を続けようが辞めようが、今の上総んをほっとけない、って思い始めてます。」

すると松尾先生は、あからさまにホッとしたらしい。
「そうなの?よかったぁ!じゃあ、早速、明日、逢いに行くのよ?」

ギョッとした。
「いきなり、明日ですか?心の準備が……」

「そんな悠長なこと言ってられる状況じゃないって、わかるでしょ?あと数日で公演、終わっちゃうの。このままじゃ、上総丈の評価が落ちたまんまなの。」
確かに、千秋楽には会長とか、お偉方もいらっしゃるから立ち直った舞台を見てもらいたい気がする。
でも、どんな顔して、上総んに会える?
私、峠くんと……。

いつまでも黙ってると、松尾先生が言った。
「峠くんとのこと、気にしてるの?……まあ、ね。気持ちはわかるけど、そこはもう、開き直ってしまえばいいんじゃない?」

「でも、合わせる顔、ありません。」
ポロッと涙がこぼれた。

「あらあらあら。泣かなくても。まあ、そうやって泣いて見せれば解決しそうなもんだけど。」
また、そんなこと言う!

「計算で泣けませんよ。」
ズビッと鼻をすすってそう言った。

松尾先生は、ちょっと笑った。
「……前にもこんな話したわね。ねえ?気づいてる?紫原、2年前と別人のように、かわいくなってるわよ。ちゃんと、いい恋愛してきたんだなー、って。よかったわね。上総丈が誠実に向き合ってくれるヒトで。すぐ捨てられる可能性もけっこう高かったのにね。」

「遊ばれて捨てられたほうがマシだったかもしれません。」
何となく気恥ずかしくて、そんな風に言った。

松尾先生は、意に介することなく続けた。
「ヒトの縁なんて、長い目で見ないと評価できるもんじゃないけどね、少なくとも、あんたが多少オトナになるために上総丈が必要だったように、上総丈が役者として上を目指す決意をするためにあんた
が必要だったと思うのよね、私。」

……東京という縁もゆかりもない土地と新しい大学院で生きていくのにも、上総んの存在は私にとって必要不可欠だった。
もっとも、上総んがいなければ無理に東京の大学院に進学しなかったかもしれないけど。

「そして、紫原が元気になるために峠くんの存在が必要だった。同じように、上総丈が元気になるにはあんたが必要だと思うよ?」
松尾先生はそう言って、私の肩をポンポンと叩いた。
「どんな道を選択しても後悔するかもしれない。でも、ううん、だからこそ、好きに生きなさい。別に、女だって、二股かけたっていいのよ?」

「いや、それは勘弁してください。私、そんな器用な人間じゃないんで。」
慌ててそう言ったけど、松尾教授はニッコリ笑った。

「馬鹿ね。遊び相手は多いほど楽しいわよ。」

……やっぱり、このヒトには敵わない。