頭痛も消えていた。
不思議なぐらい、頭も心もお腹も空っぽで……楽ちんだった。

「憑きものが落ちた気がする。」

そうつぶやくと、山崎医師は苦笑した。
「……そうだといいけど。むしろ私には、あなたが囚われているように思えますが。」

とらわれる?

「何に?」

そう聞くと、山崎医師は首を傾げた。

「さあ。それはあなた自身に聞いてみないと。……とりあえず、ご家族には連絡していません。あなたの恋人とお友達は心配して日に何度もいらっしゃってます。会えますか?」

胸に鋭い刃が突き刺さった気がした。
思わず胸を押さえた。

「どうしました?」

ぶるぶると震えが走る。
嫌な汗がふき出してきた。

「私が、見えますか?」
山崎医師が、私を覗き込んだ。

私は黙ってうなずいた。

「……声も聞こえてますね?痛みは?」
「胸が痛い。」
「他には?」
「怖い。」
「……何が?」
「会えない。」
「……中村上総と?」

ぶわっと、耳の下……首と顔の境目あたりに変なゾワゾワが走り、痛みに変わった。
息苦しいわけじゃないけれど、妙な圧迫感を感じる痛みに驚いた。
私は両手を両方のエラに宛がった。

「ココ!何か!変!ぐぐーっと痛い!何で!?」
山崎医師は私から両手を放させると、白魚のような指で頬やこめかみ、頸動脈を辿った。

「考えられるのは、血行不良?ラジオ体操でもすれば治りますよ。」
そう言ながら、背中をさすってくれた。
……ただそれだけで、確かに少し楽になったような気がした。

「……骨、骨、骨。洗濯板みたい。痩せすぎ。これじゃ、内臓も窮屈でしょうね。」

「前はもっと洗濯板ですよ。あばら骨全部出てて。」

開き直ってそう言うと、山崎医師がちょっと笑った。

「わかりました。もう少し面会謝絶を続けたほうがよさそうですね。」

驚くほどに身体が軽くなった。
ほうっと、勝手にため息がこぼれた。
「痛くない……」

山崎医師が私から離れた。
「はい、心身症確定~。一時的なものか、摂食障害も心因性か……ちょっと時間かけて調べて治療しましょうか。」

……心身症。
「それって、頭がぼーっとするお薬飲むんですか?困るんですけど。論文書けないのは。」
慌ててそう言った。

「服用をやめれば戻ります。論文より命が大事ですよ。」

「命?……自殺なんかしませんよ。」

むきになってそう言うと、山崎医師は鼻で笑った。

「そう願いますよ。まあ、拒食症でもヒトは死にますから。」
「拒食症というほどでは……。量は少なくても、ちゃんと食べられますよ。」
「それはよかった。少し冷めたけど、食事です。召し上がれ。」

……はめられた。

山崎医師は私のベッドにテーブルをセットして食事のトレイを置くと、自分は少し離れたところに座った。
「私のことは気にせずに、どうぞ。」

……気にするなって、無理だろ。
ため息が出る。
仕方なくスプーンを握ってお粥を口に運んだ。
お米の甘さが気持ち悪くて……咀嚼できない。
無理矢理飲み込んだけど、すぐに逆戻りしてきた。

「吐きそう。」
山崎医師にそう訴えた。

でも、しれっと言われた。
「どうぞ。」

……どうぞ、って。
どこで吐けって言うの。

キョロキョロとゴミ箱や袋を探す。
ゴミ箱、遠い~。
こみ上げてくる嘔吐感に耐えられず、仰向けに寝転んだ。
う~~~~~。
しばらく悶絶して気持ち悪いのがおさまるのを待った。

……何もしてくれる気のなさそうな山崎医師を睨んだけれど、彼は平然とスマホをいじってた。

こいつ、サボりに来てるんやろか。