上総んの両目から滝のように涙が流れ落ちる。
「学美?」
「紫原……」
上総んと、加倉の声が、遠くのほうでする。
耳鳴りのようなキーンと不快な音が頭の中に響き、頭痛が激しくなった。
痛い……。
頭痛よりも、腹痛よりも、胸が……心が痛い。
でも1度言った言葉を取り消すことはできなかった。
「別れる。帰って。もう逢わない。他人に戻る。さよなら。今まで、ありがとう。」
「学美……」
上総んはただ、私の名前を静かに呼んで泣いていた。
不思議と、私の目からは涙が出て来なかった。
「出て行って。」
今は、顔を見たくなかった。
……泣いてすがって甘えてしまえばいいのに、なぜかできなかった。
「出てって!加倉も!……出ていかないなら、私が出る!」
そう言ってベッドから下りようとしたけれど、身体に力が入らなかった。
私は不格好にも、ベッドから転がり落ちてしまった。
「学美!」
慌てて上総んが寄って来たけど、私は上総んの膝下を何度も蹴って近づかせなかった。
「嫌!出てって!触るなっ!」
「……一度出てもらえますか?酷い興奮状態だ。……あとは、私に任せて。」
山崎医師が、落ち着いた低い声でそう指示した。
上総んは後ろ髪を引かれまくっていたけれど、何度も振り返りながら、加倉に促されて病室を出た。
……廊下から嗚咽が聞こえた。
「紫原さんは、泣いてませんね。」
しばらくして、山崎医師が私にそう声をかけた。
「……本当ですね。」
乾いた声は自分のものとは思えなかった。
「赤ちゃんが宿っていたことに気づいてあげられなかったご自分と恋人に憤(いきどお)ってらっしゃるのですか?」
山崎医師が静かにそう聞いた。
「……わかりません。実感、ありません。でも、象徴的な気がします。いつか別れなきゃいけないってずっと思ってきました。せっかく授かりかけた命が形を為さずに消えてしまったのは運命の裏付けかも。やっぱり、別れるべきなんだと思います。」
淡々と、恐ろしい言葉が出ていく。
「潮時だと思う。」
私はそう言って、目を閉じた。
涙はやっぱり出なかった。
いつの間にか意識を失ったかのように、眠りに落ちていた。
現実逃避、かもしれない。
初期流産で身体が休養を欲したのかもしれない。
ただ……1人だけの世界に閉じこもってしまいたかった。
意識が混沌とする。
自分が起きてるのか寝てるのかもわからない、不思議な時間が続いた。
熱があるのかもしれない。
驚くほどガタガタと震えて目が覚めた。
次に目が覚めた時には、体中が燃えるように熱く感じた。
自分の身体じゃないみたい。
コントロールできない。
気づくと、お腹の痛みは消えていた。
全て終わった……。
白い天井がまぶしく感じて、私はまた目を閉じた。
「そろそろ起きませんか?」
静かな声に導かれるように、目が覚めた。
山崎医師が立っていた。
「何か、食べられますか?」
ぼんやりと言葉の意味を考えた。
「……お腹、すいてません。」
山崎医師の顔が少し歪んだ。
「食べないと退院させませんよ。今は高カロリーの点滴をしてるから、特に目立った欠乏は見られませんが。」
「……便利ですね。点滴で太れるんや。」
そう言いながら身体を起こした。
「学美?」
「紫原……」
上総んと、加倉の声が、遠くのほうでする。
耳鳴りのようなキーンと不快な音が頭の中に響き、頭痛が激しくなった。
痛い……。
頭痛よりも、腹痛よりも、胸が……心が痛い。
でも1度言った言葉を取り消すことはできなかった。
「別れる。帰って。もう逢わない。他人に戻る。さよなら。今まで、ありがとう。」
「学美……」
上総んはただ、私の名前を静かに呼んで泣いていた。
不思議と、私の目からは涙が出て来なかった。
「出て行って。」
今は、顔を見たくなかった。
……泣いてすがって甘えてしまえばいいのに、なぜかできなかった。
「出てって!加倉も!……出ていかないなら、私が出る!」
そう言ってベッドから下りようとしたけれど、身体に力が入らなかった。
私は不格好にも、ベッドから転がり落ちてしまった。
「学美!」
慌てて上総んが寄って来たけど、私は上総んの膝下を何度も蹴って近づかせなかった。
「嫌!出てって!触るなっ!」
「……一度出てもらえますか?酷い興奮状態だ。……あとは、私に任せて。」
山崎医師が、落ち着いた低い声でそう指示した。
上総んは後ろ髪を引かれまくっていたけれど、何度も振り返りながら、加倉に促されて病室を出た。
……廊下から嗚咽が聞こえた。
「紫原さんは、泣いてませんね。」
しばらくして、山崎医師が私にそう声をかけた。
「……本当ですね。」
乾いた声は自分のものとは思えなかった。
「赤ちゃんが宿っていたことに気づいてあげられなかったご自分と恋人に憤(いきどお)ってらっしゃるのですか?」
山崎医師が静かにそう聞いた。
「……わかりません。実感、ありません。でも、象徴的な気がします。いつか別れなきゃいけないってずっと思ってきました。せっかく授かりかけた命が形を為さずに消えてしまったのは運命の裏付けかも。やっぱり、別れるべきなんだと思います。」
淡々と、恐ろしい言葉が出ていく。
「潮時だと思う。」
私はそう言って、目を閉じた。
涙はやっぱり出なかった。
いつの間にか意識を失ったかのように、眠りに落ちていた。
現実逃避、かもしれない。
初期流産で身体が休養を欲したのかもしれない。
ただ……1人だけの世界に閉じこもってしまいたかった。
意識が混沌とする。
自分が起きてるのか寝てるのかもわからない、不思議な時間が続いた。
熱があるのかもしれない。
驚くほどガタガタと震えて目が覚めた。
次に目が覚めた時には、体中が燃えるように熱く感じた。
自分の身体じゃないみたい。
コントロールできない。
気づくと、お腹の痛みは消えていた。
全て終わった……。
白い天井がまぶしく感じて、私はまた目を閉じた。
「そろそろ起きませんか?」
静かな声に導かれるように、目が覚めた。
山崎医師が立っていた。
「何か、食べられますか?」
ぼんやりと言葉の意味を考えた。
「……お腹、すいてません。」
山崎医師の顔が少し歪んだ。
「食べないと退院させませんよ。今は高カロリーの点滴をしてるから、特に目立った欠乏は見られませんが。」
「……便利ですね。点滴で太れるんや。」
そう言いながら身体を起こした。