「……美子さん、ラーメン屋さんに入ったの、はじめてだったんですか?」

恐る恐る聞いてみると、美子さんは至極当然!とばかりに大きくうなずいた。

「……じゃあ、ファミレスは?王将は?回転寿司は?」

美子さんは肩をすくめた。
「体に悪いから、って、親に禁止されてるの。行ったことないわ。昔、野田先生がファーストフードのドライブスルーで食事を済ませようとして、大喧嘩になったことはあるけど。」

……お嬢様だ。
そっか。
美子さん、ほんっとうに山手のお嬢様なんだ。
我々庶民とは感覚が違い過ぎる。

改めて、目の前のたおやかなお嬢様に、ある種の感動を覚えてしげしげと見つめた。
同時に、こういうヒトなら、上総んを経済的に支えられるのかな、とも、ついつい考えてしまった。


その夜、上総んの腕の中でしみじみとぼやいた。
「1年半の片想い、ラーメン屋さんに連れて行かれただけで終われるんだって。」

上総んは苦笑した。
「まあ、わかるけどね。価値観の違いと、自分に対する扱いの軽さを実感しちゃったんだと思うよ。かわいそうだけど、よかったんじゃない?無理につきあっても続かないだろうし。」

「上総んも、幻滅させた経験ある?」
軽い気持ちで聞いてみたけど、
「あるよ。」
とあっさり言われると、ちょっとおもしろくない気がした。

「どこ連れてったの?牛丼?立ち食い蕎麦?」
「店というより、俺?派手な世界で生きてる割に、人間が地味というか。真面目すぎておもしろくないらしいよ。デートよりお稽古優先だし。」

あ~……なるほど。
「それは、もう、需要と供給があってなかったんやね。むしろ私はそういう上総んだから一緒にいられるもん。お稽古見るのも、好き。」

ぎゅっと、私を抱く腕に力がこもった。
「需要と供給、か。うん。俺も、そう思う。俺には、学美のがんばりやさんなところとか、俺を甘やかさない強さが必要。お願いだから、俺を捨てないで。ね?」

……ずるい。
そんな言い方されると、私はますます離れられなくなる。
ただでさえ、上総んの腕の中は居心地がよすぎるのに。

「縁談、進んでる?」
意地悪でも嫌味でもなく、聞いてみたくなった。

上総んの瞳がサッと翳った。
「進まない。いくつ持って来られても、俺が断るから。」

「……子供みたいなこと言ってないで、ちゃんとよさそうな人、選びぃや。」
そう言うのは簡単なことだけど、言葉を放ったその後、胸が締め付けられるような痛みに苦しむ。
わかっていても、私はそう言わずにはいられなかった。
上総んを一生、独り占めすることなんてできないから。



「お前には、愛人とか無理だろ。何、強がってんの?しょーもない。上総がかわいそうだろ。」
神開嬢と学食で遅いランチを食べてる時に、加倉が突然目の前に座ってそう言ってきた。
前夜に峠くんとやってきて、上総んと3人で飲み明かしてたと思ったら……そういう話もしちゃうのね。

「愛人……」
事情を知らない神開嬢が絶句してる。

「だって、上総んに大成してほしいもん。私じゃ……」

「馬鹿じゃねーの?何でいつまでもそんなことばっかり言ってんの?上総がお前がいいっつってるんじゃん。それ以外にどんな理由が必要なんだよ。」

「お金!家柄!血統!人脈!如才なくご贔屓筋と付き合う愛想良さ!私には何一つないって言ってんの!」
イラッとして私はそう叫んだ。