「加倉さんのお友達と付き合ってるんですか?」

「いや……最初は違ったんだけど……あ、でも、上総(かずさ)んと出会った時には峠くんも一緒だったけど……まあ、いつの間にか、加倉と峠くんと友達づきあいしてるというか。」

なんだかんだ言って、もはや加倉も峠くんも、上総んの親友状態だ。
週に2度は上総ん家に泊ってる気がする。
おかげで私の院生研での言動も上総んに筒抜け。
毎日ランチに何を食べたかまで報告されて、栄養管理を口うるさく言われる始末。

「まあ、上総んのことはいいとして、美子さん、心配やな。峠くん!来週、今度は峠くんが美子さんを誘ってあげて。お願い。」
峠くんは困ってたようだけど、渋々うなずいてくれた。

「おせっかいな奴。ほっとけよ。うまくいくわけないんだから。」
加倉にはそう言われたけど、1年以上峠くんに片想いしてきた美子さんをほっとけなかった。

「……じゃあ、紫原もランチ行けば?坂本さんや園田さんと。」
加倉にそう言われても、そっちは、なんぼでもほっとけるんだけどね。


翌週、峠くんの背中を押し……というより、無理やり蹴って、美子さんと強引にランチに行かせた。
やっぱり1時間後、峠くんは一人で帰ってきた。

「美子さんは?」
「……帰った。もういい、って言われた。」
そう言って、峠くんはドカリと椅子に座って頭を抱えた。
「わけわからん。」
吐き捨てるようにそうつぶやいた峠くんは、ちょっと落ち込んで見えた。
峠くんが美子さんに気があったとは思えないけれど、傷ついてるようだった。

その夜、美子さんを誘ってみた。
「紫原さん、今まで、気遣ってくれてありがとうね。私、もう峠くん、あきらめるから。」
美子さんは、意外とさばさばしていた。

「……何があったか聞いてもいいですか?」

美子さんは苦笑しながら言った。
「私、いつの間にか峠くんを美化してた気がする。……野田教授とこじれた時にね、峠くんだけがそれまでと変わらずに接してくれたことがうれしくて惹かれたんだけど……やっと気づいた。峠くんは誰に対しても偏見を持たないだけなのよね。」

そうかもしれない。

「先週はね、何も話してくれないことがつらくて逃げ出しちゃったの。」
あ~、やっぱりそうだったのか。
神開嬢、よくわかったな。
あの子も、うじうじ系の恋愛したことあるのかな。

「今日も峠くん、無口でした?」

美子さんは首を横に振った。
「ううん。先週の御礼に自分がご馳走するから、って誘ってくれたのはうれしかったの。でも、連れて行かれたの、ラーメン屋さんだったの!床が油でぬるっとしてたの!」
そう言って美子さんはボロボロと涙をこぼして泣きじゃくった。

えーっと……。
慌てておしぼりを差し出したけど、美子さんは自分のバッグから綺麗なハンカチを取り出してそっと涙を拭った。

「何か、100年の恋も冷めちゃった。私、ラーメン屋さんがあんなにも殺伐としてるって知らなかったわ。テレビで見るとけっこう美味しそうに見えたのに、スープの味も濃いし、体に悪そう。もう二度と行かない。」
ぶるぶるっと震えて美子さんはそう言った。