「研究で突っ込まれてつぶされるなら仕方ないけど、何で、そんな……しょーもない。」

「だから。紫原のそういうところが池尻嬢には気にくわないんだろ。美子さんとはまた違って、池尻嬢は計算で女を武器にする分、たち悪いぜ。」
心配してくれてるんだか、楽しんでるんだか、加倉が口を挟んできた。

「うざい。」
そうつぶやく私を美子さんが慰めた。
「まあでも、紫原さんなら大丈夫よ。加倉くんも峠くんもいるし。D(博士課程)に進んだ坂本くんも、園田さんも、相変わらずアプローチしてくるんでしょ?」

「……横からすいません。その、逆ハーレム状態が、池尻さんには気に入らないんだと思いますよ?」
そう口を出してきたのは、新入生の神開さん。
何となく飄々とした、というか、淡々とした話し方が、女を感じさせない子だ。
……私には、話しやすいかもしれない。

「いっそバッサリ振ってしまえばいいんだけど、告白されてないのに振れないものねえ。」
美子さんにそう言われて、頭をかいた。

本当に、草食系男子ってめんどくさい。
好きなら好き!
玉砕覚悟でぶつかってきてくれたら、あっさりと迎撃できるのに。
いつまでも、うじうじと、効果のない中途半端なアプローチを受ける身になってくれ。
苛立ちしかないぞ。

「しかし1年間もよく続きますよね。進歩のない片想い。」
私がそう言うと、美子さんが泣きそうな顔をした。

「あ、すみません。」
そうだった。
美子さんは相変わらず峠くんが好きなんだっけ。
罪滅ぼしに、私はダメ元で言ってみた。

「峠くん。美子さんがご飯ご馳走してくれるってよ。」
怪訝そうに私と美子さんを見て、峠くんが首を傾げた。
多少強引ではあったけれど、結局2人はランチに出かけてった。

1時間後に峠くんだけが院生研に戻ってきた。
「美子さんは?帰ったの?」
峠くんは困ったようにうなずいた。

「何?何かあった?」
野次馬のように加倉が寄って来た。

「……喰ってる途中で、泣き始めて、帰ってった。」
え~~~。

加倉がゲラゲラ笑った。
「さすが美子さん!超迷惑!」

「峠くん、何かあったの?」
加倉を睨んで、峠くんにそう聞く。
「……別に。黙って喰ってただけ。」

「あ~~~~。それですよ。せっかく2人きりになれたのに、緊張で会話ができなくて、いっぱいいっぱいになっちゃったんじゃないですか?」
神開嬢がわけ知り顔で納得してそう言った。

「だって泣いたらますます会話できひんやん。」
私がそう言うと、加倉が大仰に肩をすくめてみせた。

「出た!紫原の情緒なさすぎな発言!美子さんと足して2で割ったら、ちょうどいいかもな。てか、上総(かずさ)が哀れ過ぎる。こんな即物的な女に身も心も捧げて、貢いで。」

「かずさ?紫原さんの彼氏さん?ですか?……じゃあ、その左腕に燦然と輝くロレックスも彼氏さんのプレゼントですか?」
神開さんの目がキラリと輝いた。

他人の腕時計なんかよく見てるなあ、と、ちょっと驚いた。
「うん。指輪付けるの嫌がったら、コレ渡されちゃって。お揃いなんだって。ロマンチストというか何というか。」

神開さんがさらに突っ込んできた。