「お前、ほんっと……何様?ココ、お前ん家(ち)じゃないだろ?」
加倉は呆れたようにそう言った。

「うん。でも、加倉、帰らんやろ?この時間なら、峠くんのバイト終わるんをどっかで待つんかなあ、って思って。」
図星だったらしい。
加倉は少し躊躇(ためら)いを見せた。

「見てったら?腹芸(はらげい)のお稽古。上総(かずさ)ん、上手いし。」
私は手招きしながら、そーっと玄関の戸を開けた。

「おい!」
と、狼狽する加倉に、しーっとジェスチャーしてみせて、もう一度手招きしてから、中を指差した。

ダンッ!
大きな音を立てて、上総んは足を踏み鳴らして見栄を切っていた。

あら?
荒事(あらごと)のお稽古してた。
これじゃ、やっぱり派手って思われるかしら。
逆効果?
タイミング悪かったかな。

恐る恐る中に入ってきた加倉は、ドア一枚隔てた中が、いきなり非日常的なお稽古場なことに驚いたらしい。
静かに後ろ手でドアを閉めると、そのまま立ち尽くして上総んに見とれていた。

低いイイ声で独特な台詞を唸りながら、鏡の中の自分の目や姿形をチェックしてる上総ん。
何度も何度も繰り返し、納得のいくまでやめようとしない。
その集中力たるや、私が声をかけてもなかなか気づかないぐらい。
緊迫した空気がビリビリと伝わってくるのがわかるもん、マジで。
加倉も息を飲んで、じっと見ていた。

ようやく息をついた上総んが、足を投げ出して板間に座り込んだのは、私たちが見始めてから30分近く過ぎてから。

「あれ?……いらっしゃい。学美を無事に届けてくれて、ありがとう。てか、声、かけてくれたらいいのに。退屈だったでしょ?」
パタパタと扇であおぎながら、上総んは苦笑した。

「いや、すみません。見とれてました。……俺、歌舞伎ってもっと大仰しいものだと勘違いしてました。」

加倉の言葉に上総んは苦笑した。

「ん~。私はどうしても内に籠もるというか、派手にできなくて。人間が地味なんだろうね。」

「いいやん。華はあるねんから。峠くんのバイト終わるまで、加倉、待ってるねんて。コーヒー入れるね。上総んも飲む?」

「ありがと。峠くん、0時まで?もうすぐだね。どうせなら峠くんも待って、入れたげなよ。」

上総んがそう言うと、加倉はスマホを取り出して、画面を指で忙しく撫で始めた。

「直接ココに来るように伝えます。」

……この時間からじゃ、電車もなくなるよね。
そのままココに泊まることになりそうだな。

0時半頃、峠くんがやってきた。
「これ。」
峠くんは、手土産を持ってきてくれた。
お酒と、千枚漬。

「なに?飲み直すの?」

加倉がそう聞くと、峠くんは憮然とした。

「俺は一滴も飲んでない。中村さんも。」
上総んの顔がうれしそうに緩んだ。

……あーあ。
野郎3人は、飲んだくれて雑魚寝コースだな、こりゃ。
私は早々にコーヒーを入れて飲むと、1人で先にシャワーを浴びて、上総んのベッドで眠らせてもらった。


翌朝、7時に目覚まし時計に起こされた。

上総ん、いない。
居間に行くと、加倉が毛布にくるまって寝てた。
峠くんは、台所で何か作ってるようだ。