「こんばんは。賑やかだね。……あれ?学美……ちゃん?」
エエ声で挨拶しながら上総(かずさ)んが来店した時、私は鍋底に張り付いた湯葉をこそぎ取って食べていた。

「ホントに来たー!なっ……かむら上総~!」
私が返事するより早く、既に酔ったらしい美子さんがそう叫んだ。

上総んが、私と美子さんを交互に見て得心したらしい。
「はじめまして。中村上総です。学美と同じ研究室のかたですね?ちょっと癖は強いけど根は優しい子なので、仲良くしてやってください。」
と、まるで私の保護者のように上総んは頭を下げた。

「はあ!?何様!?偉そうに!」
上総んのみぞおちに肘鉄を食らわせて、睨む。
ケホッと小さく咳をしながらも、上総んは笑顔をキープした。

「……ほんっとに……かっこいい……優しい……素敵……」
「美子さん。横恋慕はダメですからね。」
冷たい声で加倉が釘を刺した。

ムッとしたように美子さんが加倉に言った。
「わかってるわよ!てか、加倉くんも好みのタイプでしょ!上総さ~ん、気をつけてくださいね!この人、ゲイですから!」

「おい!」
美子さんと加倉くんがヤイヤイ言い合ってるのを、私と上総んは苦笑して眺めた。

程なく、峠くんがやって来た。
「……。」
無言でこっちを見た峠くんは、呆れてるようにも、照れてるようにも、困ってるようにも、うれしそうにも見えた。
結局よくわからないんだけど。

「よぉ。美子さんのおごりで来てやったぞ。」
加倉の言葉に、板さんが
「けっ!」
と小さく吐き捨てていた。

「峠くん。久しぶり。痩せたんじゃない?生活、大丈夫?」
美子さんが心配そうにそう聞いた。

峠くんは無言でうなずいてから、上総んと私に会釈した。
「いらっしゃいませ。」

「やあ。待ってたよ。お茶漬け、作ってくれる?」
上総んは、早速、峠くんにそうお願いした。
峠くんは、少しはにかんで頷いた。

「はぁ~。美味しい。贅沢だねえ。これ。鯛の味噌煮?」
上総んは、本当にお茶漬けだけを食べに来たらしい。
大きめのご飯茶碗に半分ほどのご飯、その上にお味噌で煮しめた鯛、たっぷりの三つ葉、刻み海苔、炒り胡麻。
熱々のおだしをかけて……やばい……マジで美味そう!
私だけじゃなく、美子さんも、加倉も、食い入るように上総んのお茶漬けを見つめた。

「余った鯛と牛蒡と豆で、こいつが仕込んだ賄いの1品だったんですけどね、えらく美味かったので、お客様にお出しするように作ってみたんですよ。」
板さんが峠くんの背中をちょっと押しながらそう言った。

「なるほど。牛蒡とお豆さんが刻んで混ざってるんだ……あと……昆布?」
上総んの言葉に、峠くんが黙ってうなずいた。

「私も食べたい!」
「俺も。」
美子さんと加倉くんが口々にそう注文した。

「学美も。」
上総んが、勝手に私の分も注文してしまった。

「上総んのを一口もらえたら、それでいいのに。」
そう文句を言うと、上総んは私を通り越して、美子さんに聞いた。

「彼女、何、食べました?酒以外で。」
美子さんはちょっと考えてから言った。

「そう言えば……公園でもビールしか飲んでない?お菓子、結局、私が全部食べたような気がする。ココでは、汲み上げ湯葉……だけ?」

……正解。