うちの大学院は、担当される教授1人に対して1学年1人から3人の院生がいる。
今年の野田教授のゼミには、M1の私と加倉くん、M2の美子さん、坂本氏、池尻嬢の5人と、ドクターの面々が適当に顔を出す。

先輩がたや、他の教授の抱える男子学生が一様に私に反応してるなか、この加倉くんだけは違った。
クールと言うより、私に興味一切ないって雰囲気が、すごく楽に感じたのだ。

「そうだ!ね、加倉くん、飲みに行かない?」
美子さんが、突然そう誘った。

「まだ飲む気ですか?」
呆れてる加倉くんの腕を美子さんが捕まえた。
「いいじゃない!ね!?私、おごるから!一緒に来て!お願い!」

嫌そうな顔の加倉くん。
「わかりましたから、手!放してください!」

「やった!ありがとう~。じゃあね、17時に駅の改札待ち合わせ。絶対来てよ。来なきゃ一年間虐めるからね。」
美子さん……意外と強引というか……いや、かわいいけど。
「じゃ、紫原さんも遅刻しないでね。私、一度帰宅して着替えてくる!」

え!?
「私もですか?」
驚いてそう聞くと、美子さんは当然とばかりにうなずいた。
加倉くんの顔がさらに険しく歪んだ……嫌がってるよ、マジで嫌がってる!

「じゃあ後で。」
美子さんは、走らんばかりの勢いで行ってしまった。

後に残された私たちは、お互いを気にしつつも話しかけることもなく、無表情に会釈して、別れた。

まだけっこう時間があったので学園に戻り、図書館でマイクロフィルムを見始めた。
あ、そうだ。
夜、美子さん達と飲みに行くなら……上総(かずさ)んに連絡しなきゃ。

名題試験に合格した上総んは、いきなりぼっちゃんと同じような役を与えられはじめた。
もちろん抜擢にちゃんと応えて、ますます舞台で光り輝いている。
当然、注目度が上がり、お客様もファンも増えた。
必然的に、ちょっとした仕事や「およばれ」が多くなり、自分の時間が減った上総ん……私もいるし。

たまには1人の時間もあっていいんじゃない?
そう思って気楽にメールしたけれど、返事は淋しそうだった。

<わかった。楽しんでおいで。俺は峠くんにお茶漬けでも作ってもらうよ。終電までには帰っといで。>

……お茶漬けぐらいなら、家でやれよ。
ちょっとイラッとしたけど、上総んはあまりというか、ほとんど自炊してないので……しょうがないのかな。
今までも外食か、他人様にご馳走してもらうか、食べないか、って。
霞喰って生きてるような人種だわ、役者って。

17時前に、学園の最寄り駅の北口から中央改札に向かう。
既に加倉くんが所在なく立ち尽くしていた。
……はたから見ると、加倉くんはなかなかイイ男、だと思う。
なんてゆーか、繊細というか神経質というか……うーん、確かにゲイと言われればゲイっぽいか。
加倉くんに近づいて、無言で会釈して、隣に立つ。
お互い何を話すわけでもなく、ただボーッと突っ立って美子さんを待った。

「お待たせ~。」
5分遅刻して、美子さんは改札の内側からそう声をかけてきた。

「……えらい気合い入ってますね。」
加倉くんが半ば呆れてそう言った。