30分かからずに、上総(かずさ)んは帰宅した。

「おかえりなさい。」
と、私が迎えに出たのに

「おかえり。どうだった?新しい環境は。馴染めそう?」
と、上総んは私を抱きしめてそう聞いてくれた。

「んー。まあ、あんな感じかな。男はめんどくさくて、うるさくて、女はいけず。あ、でも、1人優しそうな先輩がいたよ。」
そんな話をしながら、割烹に連れてってもらった。

絹揚げを炭火で炙ってもらって、生姜とお醤油で食べながら、美子さんの話をした。
「何と、上総んのファンだってー。慌てちゃった。」
「へえ!……ん?じゃあ、俺のこと、内緒なの?」

どういう意味?
「別に、内緒ってわけじゃないけど。あんまりそういう話、ヒトとしないから。」
女友達、少ないし。

でも上総んは不満そうに言った。
「え~。ちゃんと言ってよ。でなきゃ男がほっとかないだろ。指輪させるぞ。」

……否定できない。
「聞かれたら、付き合ってる人がいるって言う。」

「どんな奴?遠距離恋愛?学生?社会人?……って、聞かれたら?」
上総んは私の手を両手で包み込んでそう聞いた。

邪魔!と、振りほどいて、青竹から冷酒をお猪口につぎながらため息をついた。
「そうね。歌舞伎役者、とは言えないか。売れない役者、とでも言おうか?」

不意に、奥のほうでガチャン!と、鈍い音がした。
重そうな陶器が割れたかな?

「おいっ!気をつけろっ!」
板前さんが奥の厨房に小声で叱責した。

「……すみませんっ!」
くぐもった声で謝罪する声がした。

「あれ?」
上総んがその声に反応した。

「どうしたの?」
「……うん。聞き覚えある気がした。……ねえ、新人さん?」
板前さんに上総んが尋ねた。

「ええ。バイトなんですけどね、センスがあるんですよ。まだ賄いしか作らせてませんけど。おい、挨拶!」
短いのれんからひょこっと出てきた、濃いめの整った顔。

「峠くん!?」
「峠くん!」
上総んと2人、声を挙げて驚いた。

「……ども。」
一見無愛想、その実、少し照れくさそうに、峠くんは会釈した。

「馬鹿野郎!お客さまに、なんて口きいてんだ!そんな挨拶あるか!」
板前さんがそう怒って、上総んの肩を小突いた。

「……すいません。」
「いや、ごめん。怒らないで。彼、友達なんだ。びっくりしたよ。こんなとこで会うなんて。ね、峠くん。」
上総んが慌てて板前さんにそうとりなした。

峠くんは、黙ってうなずいたけれど、やっぱり照れてるように見えた。
……峠くんって……あの時も、ちらっと思ったけど……上総んに弱いよね……てか、気に入ってるよね……。
何となく、BLっぽい萌えを感じて、にやけた。
いやいやいや。
そういうんじゃないか、ごめんごめん。


「びっくりしたわ。まさか峠くんがあのお店でバイトしてるなんて。」
上総んと桜並木を歩きながらも、話題は峠くんのこと。
「てか、大丈夫かな。昼間は美術館で働いてるって言ってたよね?勉強する時間あるのかな?身体、壊さないといいけど。」

真剣に心配してる上総ん。
……ほんと、優しいヒト。