「紫原(しはら)さん、おとなしいんだね。京女(きょうおんな)ってかんじ。」
大学院の入学式の後、院生室にデスクをもらって荷物を片付けてると男がそう声をかけてきた。
M2(大学院修士課程2年生)の坂本氏だっけ。
……早速、来たか。
私は無表情に会釈してスルーした。
「野田教授期待の新人だって?すごく優秀だって楽しみにしてたよ。」
また別の男が横から口を出してきた。
D1(大学院博士課程1年生)の園田氏だ。
……マスターとドクターは研究室が違うはずなんだけど……物見高いこと。
こちらも会釈でスルーして、黙々と持ってきた辞典や資料を並べた。
「……感じ悪~。」
小さな声が遠くから聞こえた。
たぶんM2の女……池尻という女だろう。
……普通に会話しただけで「男に色目使ってる」と言われてきたから、こういうアウェイな環境では極端に引っ込み思案になるのだが……どっちにしても言うひとは言うのね。
あきらめて、無表情でガン無視した。
野田教授にご挨拶した後、図書館に行った。
どの程度の資料や刊本、論文が揃ってるのかをチェックして回った。
ついでに、ふらりと訪れた雑誌コーナーに歌舞伎の専門雑誌を見つけた。
検索してみると、何十年分も保存されているらしい。
うわぁ。
最近のものには目を通してたけど、戦後まもなくのを見たのはじめて。
上総(かずさ)んのお父さんの若い頃の写真を探してみる。
やっぱり似てる!
イイ男だなあ。
これは、惚れるわ。
素顔も素敵だけど、舞台の姿がそっくりで驚いた。
立ち姿なんか、見間違えそうなほどだわ。
「歌舞伎、好きなの?……あら、ずいぶん古いのを見てるのね。」
背後から声をかけられた。
振り返ると、見るからに女の子っぽいというか、お嬢さんっぽいヒト。
……さっきの部屋にいた……M2の……北津留(きたつる)美子(よしこ)さん?
確か、このヒトはあまりあからさまに私を見てなかったわ。
「あまり詳しくないので、少し勉強しようと思って。……お好きなんですか?歌舞伎。」
たぶん先輩だと思うので、一応敬語にしてみた。
「ええ。好きよ。うれしいわ。研究室で歌舞伎の話をしても誰にも通じなかったの。」
彼女は花のようにふわりと笑った。
いかにも女子力の高そうなその笑顔に、私はちょっと見とれた。
こんな風にかわいく笑えたらいいだろうな。
「ご贔屓は?」
そう聞かれて、私は言い淀んだ。
上総んの名前を挙げるのは、ちょっと不自然かしら。
もっと有名で無難なヒト……
悩んでると、彼女は慌てて言った。
「ごめんなさい!そんな困らせるつもりじゃなかったの。……詳しくないって言ってらしたのに。これから、よね。」
少し驚いた。
そんなに困ってるように見えたのか。
「……もしかして、今、私の眉間に皺、寄ってました?」
苦笑しながらそう聞くと、北津留先輩は申しわけなさそうにうなずいた。
イイヒトだな。
「すみません。癖なんです。すぐ不機嫌な顔をするらしくて。気になさらないでください。それより、先輩のご贔屓は?どなたがお好きなんですか?」
そう聞くと、北津留先輩はホッとしてくれたようだ。
大学院の入学式の後、院生室にデスクをもらって荷物を片付けてると男がそう声をかけてきた。
M2(大学院修士課程2年生)の坂本氏だっけ。
……早速、来たか。
私は無表情に会釈してスルーした。
「野田教授期待の新人だって?すごく優秀だって楽しみにしてたよ。」
また別の男が横から口を出してきた。
D1(大学院博士課程1年生)の園田氏だ。
……マスターとドクターは研究室が違うはずなんだけど……物見高いこと。
こちらも会釈でスルーして、黙々と持ってきた辞典や資料を並べた。
「……感じ悪~。」
小さな声が遠くから聞こえた。
たぶんM2の女……池尻という女だろう。
……普通に会話しただけで「男に色目使ってる」と言われてきたから、こういうアウェイな環境では極端に引っ込み思案になるのだが……どっちにしても言うひとは言うのね。
あきらめて、無表情でガン無視した。
野田教授にご挨拶した後、図書館に行った。
どの程度の資料や刊本、論文が揃ってるのかをチェックして回った。
ついでに、ふらりと訪れた雑誌コーナーに歌舞伎の専門雑誌を見つけた。
検索してみると、何十年分も保存されているらしい。
うわぁ。
最近のものには目を通してたけど、戦後まもなくのを見たのはじめて。
上総(かずさ)んのお父さんの若い頃の写真を探してみる。
やっぱり似てる!
イイ男だなあ。
これは、惚れるわ。
素顔も素敵だけど、舞台の姿がそっくりで驚いた。
立ち姿なんか、見間違えそうなほどだわ。
「歌舞伎、好きなの?……あら、ずいぶん古いのを見てるのね。」
背後から声をかけられた。
振り返ると、見るからに女の子っぽいというか、お嬢さんっぽいヒト。
……さっきの部屋にいた……M2の……北津留(きたつる)美子(よしこ)さん?
確か、このヒトはあまりあからさまに私を見てなかったわ。
「あまり詳しくないので、少し勉強しようと思って。……お好きなんですか?歌舞伎。」
たぶん先輩だと思うので、一応敬語にしてみた。
「ええ。好きよ。うれしいわ。研究室で歌舞伎の話をしても誰にも通じなかったの。」
彼女は花のようにふわりと笑った。
いかにも女子力の高そうなその笑顔に、私はちょっと見とれた。
こんな風にかわいく笑えたらいいだろうな。
「ご贔屓は?」
そう聞かれて、私は言い淀んだ。
上総んの名前を挙げるのは、ちょっと不自然かしら。
もっと有名で無難なヒト……
悩んでると、彼女は慌てて言った。
「ごめんなさい!そんな困らせるつもりじゃなかったの。……詳しくないって言ってらしたのに。これから、よね。」
少し驚いた。
そんなに困ってるように見えたのか。
「……もしかして、今、私の眉間に皺、寄ってました?」
苦笑しながらそう聞くと、北津留先輩は申しわけなさそうにうなずいた。
イイヒトだな。
「すみません。癖なんです。すぐ不機嫌な顔をするらしくて。気になさらないでください。それより、先輩のご贔屓は?どなたがお好きなんですか?」
そう聞くと、北津留先輩はホッとしてくれたようだ。