「うん、つい今し方謝りに来てたよ。おかしいと思ったんだよね、数日前置いてった名刺の番号と違ったからさ」

「番号…、ですか?」

「日下くんの携帯番号だよ。日中は現場に出払ってしまうから、親しくしてる人はみんなこの携帯にかけてくるもんだから、登録した番号と断り入れてきた時の番号が違うんだもん、おかしいなと思ったら間違いだって? しっかし日下くん、随分と色男になったもんだね」

 色男って誰のこと。と、眉を寄せたわけじゃなくて携帯番号って、盲点だった。番号から調べる方が効率がいい。

 失礼を承知で着信があったという番号を、躊躇いがちに聞いてみると社長はあっさり教えてくれた。 

「…いやあ、良かった、良かった。ルミさんからの依頼なかったらうちは潰れちゃうからね。とにかく、明日は朝から通常通り入ってちゃちゃっとやっとくから。がははっ、柏木さんもたまには現場に顔出してよ、うちの若い奴も活気づくしさ。これからもよろしく頼むよ」

「こちらこそ、何卒よろしくお願い致します」


 信念とか熱意とか、言葉で表すのは難しく見えにくいものだけれど。足を運び積み重ねてきた信頼はそう簡単には崩れないのだと、改めて証明してくれたようで、日下さんの確かな思いはこうして伝わっている。

 それがまた嬉しくて、なおざりにされていた大事なものが心の奥で芽を出すかのように、じんわりと温かくなる。


 仕切りなおし、鞄からメモ帳を取り出した。挟んであった緊急連絡先の用紙を広げる。これが、こんなところで役立つなんて侮りがたい。


 控えた携帯番号を付け合わせていく。人数は多くないのですぐに照合し終え、その結果にほっとしたような安堵の呟き声が漏れる。

「…うちの人たちの番号じゃない」


 じゃあ、誰なのだろう。日下さんの名前を名乗ってまで、混乱を導いた目的はなんだろう。真意が理解できない。


 どさくさに紛れてこの番号に掛けてしまえば事が早いのはわかっている。けれど、水面下で動けと釘を刺されている以上、下手なこともできず。最後まで話ができた取引先から、同じように携帯番号を教えてもらうのが限度。自明のことだが、どの相手も口を揃えて同一番号を唱えた。