「平っちと話せた?」

「あっ、はい…。係長、本当は、嫌だったんですか? 初めてニットカフェのヒアリングに連れて行ってくれた日、本当はサワイクラフトに行くの嫌だんたんじゃないですか? 平さんに聞いちゃいました。工藤さんと…、付き合ってたこと。係長のおかげって言っていた意味も聞きました」


 丹野さんの後ろで「こら、無視するな」などと吠えていた眼鏡の奥、怪訝そうに瞳が曇る。

「丹野。それはだな、柏木はプランニングや打ち合わせの雰囲気を丹野に見せたか…」

「そっか…。そう、丹野さんの言った通り。本当は嫌だった、行きたくなかった。ごめんね? それに、説明不足でごめんなさい」

 フォローをしてくれようとした島野さんの話を遮って本心を語れば、悲しげに瞳を歪ませふるふると首を揺らす彼女の背後で、「だからきちんと教えろって言ったんだろ、馬鹿め」と、小言を漏らし呆れた表情を落とす。


「嫌だったけど、でも、これから活躍していく丹野さんの役に立つなら、勉強になるのであれば、ちっとも苦じゃない。駆け引きは苦手だし、咄嗟の事に頭は働かないし。得た情報を託すしかできないし。私と一緒にクライアントと会った時より、あの2人と一緒にいた時の方が安心できて、頼もしかったでしょ?」

「はい、…勉強になりました。もっと仕事覚えて、もっとみんなの力になりたいです
。信頼して平さんと工藤さんに預けたんですよね、せっかく連れて行ってくれたのに気付けなかったです。…平さんが言っていたこと本当ですか、係長、辞めちゃうんですか?」

 迷うことなくはっきりと尋ねられ、誤魔化しは通用しないと諦念し頷いた。不思議と後ろめたさみたいなものはなく、意外にもすっきりとしていて胸の痞えが取れたみたいにぽろっと口に出す。


「うん。溜った事務処理片づけて、問題が解決したら…」

「丹野、心配するな。お前の大好きな係長は辞めない、絶対にな。余計な心配してないで仕事だ、仕事。保坂っ! 急ぎの事務処理だけでも手伝ってくれ。ほら、保坂に教わって片付けろ」

 丹野さんの横から割って入ってきた島野さんはそう声を張り上げた。私の机の上から適当に取った書類を彼女へ押し付け、無理やり追いやった。