「な、何、言っ…」

 聞き返そうと口を開けたのも束の間、落とした瞳を持ち上げる日下さんが先に頬の筋肉を柔軟にさせ、唇の輪郭が動いた。

「遅っ。全然助けになってねぇじゃねぇかよ」

「商品部の連中に、早くこの荷なんとかしろって非難されててさ。佐々木さんからは助けただろ? それに、…助けはいらなさそうだけどな?」

 扉を開けた人物は陽気な笑い声を立てて、こちらへ視線を置くとすぐに、ドアに手を掛け奥へと顔を覗かせる。腰を折り前屈みになった彼の顔が、振り返らずともアップで映り込む。


 近い。何もかもが近過ぎる。顔といい、香りといい、全てが一気に迫ってきた。

 間近に受ける吐息に全神経が敏感に反応しそうになる。身動きできない距離感にせめて目に入れないようにと、顔ごと逸らし遠くの水銀灯へ焦点を合わせる。

 それでも、柔らかく笑う彼の睫毛が瞳の隅っこで動いた、ように思う。


「紗希? ちょっと降りて、日下と話がしたいから」

 口を割る間もなく、ぐいっと左腕を引き上げられれば、何の抵抗もなく体がそれに従うように地面へと足を着ける。


「重い。何が入ってるんだ、これ?」

 足元に置いてあった鞄を私の胸元に押し付けた彼は、代わりに助手席へと体を滑らせ、目の前で煙を燻されたような瞳でこちらを見上げた。


「へ…?」

「まさか、着替えとか?」

「き、着替えじゃありません。それは、ぶちょ…」


 どういうわけだか、荷物が重いと中身が着替えという発想は、以前にもこんなことがあったと、別の場所で流れた時間が重なった既視感に近い光景。鞄と彼を交互に見た後、口の先に出かかった言葉を飲み込んだ。


 言わんとしている趣旨は理解できているのに、返す言葉がいくら探しても見当たらない。詰め込まれたのが着替えではない鞄の重みが、何なのかを口走ってしましそうになった。


 それだけに重いと表現したいのは私の方だ。部長残して行った封筒が入れられた鞄は、下から引っ張られるようにずしりと重たく感じる。