ファイルをどうするのか、何処へ行くのか聞き出すまで意地でも降りないと決め込んだ私は、面倒臭そうにしている顔をじっと見つめる。


「俺は降りろって言ってんじゃねぇかよ、相変わらず物わかり悪ぃな。しょうがねぇ、お前の弱点に来てもらうか…」

 愚痴のような呟きのあと、ポケットから出した携帯のボタンを手早く押して耳にやる。嫌そうな目で私の方を見ながら話し始めた。


「…お前、今何処だよ? まだんなとこにいんのか、…だったら通用口の前に来てくれ。ロータリーにいる、あ? 単細胞に捕まった、助けろ」

 単細胞っていうのは私のことだ。そして、私の弱点と表現したことといい、誰を呼び出したのかは電話の話し方で想像はつく。携帯をダッシュボードの上へ放り出した日下さんは、口の端を嫌味っぽく持ち上げ、そのまま唇を動かす。

「工藤に会いたくなきゃ早く降りた方がいいんじゃねぇか? まだ倉庫にいるみてぇだから、すぐ来るぞ」

「降りませんっ…」

「ってことは、会いたいってことか?」

「え…、な、違いますっ。変なこと言わないでください」

 身勝手な解釈をされ反射的に、眉根に力が入る。


 真剣に向き合おうとしているのに、どうして、そこを引き合いに出してくるのだろう。どうして、名前を聞いただけなのに動揺してしまうのだろう。こうして、いつだって絡まるから退職届を出して関わらないようにしようと決意したのに。

 どうして、こんなことになっているのだろう。どうしたらいいのだろう。あんなにみんな仲良くしていたのに、瞬く間に壊れてしまって、修復しようにも肝心な日下さんの考えが読めない。

 この件だけじゃない。他にも整理できていないことがたくさんある。整頓しきれず机一面に、書類をとっちらかしているみたいだ。

「どうして」って囁き声に交差して「どうしよう」と焦燥が、頭の中をぶつからない範囲内で行き来する。


 このままじゃ降りろ、降りませんを繰り返し、時間だけが確実に減っていく。何か策があるんだろう、ここは折れて従うべきなのかもしれない。だけど、このまま見過ごしていいのだろうか。