『それだけじゃない。お前だって4月から主任なんだ、それだけじゃないってことが自ずと解ってくる。今まで通り基礎を生かしてしっかりやっていけばいい。基本ってものが解っていないと次のステップに進めないどころか、自分が困ることになる』

タバコを消し、体内に一度取り込んだ煙を全て吐き出すと、部長はすぐに話を続けた。

『仕事で解らないことは聞いてこい。それ以外の感情的な問題はお前の捉え方次第だ。今みたいに日下に言われたぐらいで自分を見失うな』

見失っているつもりはなかった。ただ、胸の中で駆け回っている何かにいきなり突き飛ばされたみたいで、居た堪れない。

『日下は知らない場所に放り出されて不安になっているだけで、のほほんとしたお前を見て苛ついただけだ。まあ、気にするなと言ってもお前は気にするだろうが、そう自分を否定するな。必死になるのは悪いことじゃない』

『はい…』

否定するなと言われ、うまく丸めこまれたような気がした。


部長は辛気臭そうな顔をしている私の横を通過し、呆れたような溜め息の後に『余計な事ばっか考えてないでしっかり自分のやるべきことをやれ』そう言い残し休憩室を出ていった。

4月には私は管理主任になるというのに、助けてもらって頼ってばかりで、与えられてばかりいて、大事な人の邪魔をして情けない。それを部長からしてみたら、余計な事なのだろう。

本当は出向に行かなかったら、デザイナーになれないで、図面すら引かせてもらえないんじゃないかって思っていた。部長がそう簡単にデザイナーになるための条件を教えてくれるわけがなかった。知りたいことを聞き出すことができなくて、休憩室にはタバコの煙と後味の悪さだけが残った。

私が入った頃の彼や日下さんは今の私よりもちろん、申し分ないくらい要領よく仕事をこなしていた。頼れる先輩だった。時には対抗意識燃やして競い合って、熱意を込めて強い信念があった。

一緒にいることが楽しくて、嬉しくて、ただそれしか考えてないで、自分の事ばかりで、何にも見えてなかった。

断ったのは彼の意思。だけど、出向を断ったのも知らないで、いい気なもんだ。とでも侮蔑するかのように、日下さんから投げつけられた言葉はどれもこれもが正論だった。何にも解っていなかった。

それに気づいた時には、ゆっくりとした時間が通り過ぎたあとだった。取り返しがつかなくなった巻き戻らない時間を、何とか戻そうともがいていた。