『…私が、それを邪魔してる』

『進み方は人それぞれ違う、行かないと決断したのは工藤自身だ。お前の存在くらいで左右されるような建築士は俺の部下にはいらない。お前が責任を感じることはない。それとも、工藤はお前のせいにでもしているのか? その決断が正しいとも間違っているとも、正解なんてものはない。本人が決めることだ』

2本目のタバコの煙で休憩室全体を靄で覆われてしまった。部長は慰めているつもりなのだろう。それでも、知らなかった事実に身の置きどころがないのは変わらなかった。


『お前は知りたいのかもしれないが、話せることは限られる。俺だって立場ってもんがある、何でもかんでも話せるってわけじゃない』

ゆっくりと吸い込んだ煙を口から吐き『不甲斐ないかもしれんが、他の部署の事は嫌でも耳に入ってくるから解るだろ? 組織ってもんはそういう腹立たしいものなんだ』と、すっきりとしない表情を見せた。

『それは、なんとなく解ります』

他の部署では上司の言うことは絶対と、『はい』以外の答えはないと、理不尽なことばかり押しつけられているのをよく耳にしていた。


『但し、これだけは言っておく。俺が言ったこと全てが正しいわけじゃない、間違うことだってある。その時は遠慮せずはっきりと意見しろ。俺に要求されたからといって、それを受ける必要はないんだ。だから、工藤が断ったのは自分の意思だ。それを俺やお前がとやかく口を出す問題ではない』

『仕事を断れとは言ってないからな。お前の場合はいちいち説明しないと解らなさそうだからな』

口の間から紫煙を押し出しながら、唇を持ち上げた。

『部長…、そのくらいは私にだって解ります』

鼻であしらうかのように笑って『そうか? だったらそんな辛気臭い顔するな』と、厳つい顔面に貼り付いた眉をこれでもかと寄せた。


『本来なら建築士はデザインだけを考えていればいい。だが、この部署にはそんな独り善がりな建築士はいらない。きちんと基礎を積み上げて、人の上に立つということがどういうことなのか、その意味を理解できる建築士になってもらいたいからそれぞれに役職を付けている』

『責任…、ですか?』

その話を聞いた時から、ずっと頭の隅に残っている言葉を口にした。