気にすることじゃない。そう言われても、だったら日下さんはどうして、きちんと見て理解してやれだなんて言ったのだろう。気にしろって、気づけって言われているのと同じことだ。

一級建築士の資格があれば、建築士として建築デザイナーになれるものだと思っていた。

『まだまだ、これで終わりじゃない。まだやっとスタートしたところ』そう言っていた意味をたった今理解したって、浮かれるのもいいけど。と、日下さんが投げ打ったのは当然のことだった。


出向の話が出ていたことを知らなかった、それを断ったことも知らなかった。行かなかったら、建築デザイナーになれないことも。何も知らない。大事なことを知らないで済ませたくない。ほんの僅かなことでも知っておきたかった。


『部長、教えてください』

普段、部長の話に返事をしているだけだった私が、引きさがらなかったからか煙たいせいなのか、白く揺れる煙の隙間から眉間を必要以上に寄せ厳つい顔をしていた。


『…出向は修行みたいなもんだ、試練だ。若いうちに行けば必ず足りない物を補って成長して帰ってくる。ここでは得られないものを得られる。期間は通常3年、4年掛かるか5年掛かるかそれは本人次第だ』

『だったら…。断る理由、ないじゃないですか…?』

若いうちにと部長が言うくらいなら、絶対に断らない。

『みんな何か勘違いしているようだが、出向にいったからといってデザイナーになれないわけでも、出世できないわけでもない。断ったからといって、何かの処分があるわけでもない。せっかく一級建築士って立派な資格を持っているんだ。そんなものは本人の努力の問題だ』

携帯灰皿のポケットを開け短くなったタバコを揉み消し、すぐにもう1本のタバコに火を点けた。

『しかしだ、一級建築士を取得したからといって、そう易々と建築デザイナーを名乗らすわけにはいかない。きっちり段階を踏んで、スキルアップを図って技術を向上できるかだ』

その段階っていうのが出向先にあるのだとしたら、先延ばしにする必要はない。今のままじゃいけないと、まだまだ、と本人は理解しているはずなのに。それを私が邪魔している。