『はい、勝つ気がしないって』

『…ははっ、それはこっちの台詞。あいつのアイデアって奇抜でダイナミックなの、万人受けはしにくいかもしれないけれど、面白味はある。俺はどちらかといったら受け身、要するにそこら辺にありふれてて芸がない。可もなく不可もなく平凡』
 
『でも、主任のデザインは暖かみがあります』

『それが受け身ってこと、単にそれだけしかない。売りにする個性がない。今回の仕事はまぐれなんだ、雰囲気だけでたまたま俺に回ってきただけで…』

『じゃあ、管理一式アシスタントが私のところに回ってきたのもたまたまですか?』

『それは…』

左手で頭髪をくしゃりと触る、それによって乱れた髪を直しまた乱す。静かに取り乱している姿に、胸の中で呟いた。ああ、やっぱりそうだったんだ。と、ふと抱いていた疑念が晴れた。

『やっぱり、主任だったんですね。前川さんに掛け合ってくれたんですよね?』

『バレたか。どこで分かっちゃったんだよ、誰か言ってた?』

『いえ、主任が作ってくれたリスト表は私にでも分かるようになっていました。それに、主任のチェックが早かったから、なんとなくそうなのかなって。だから、主任は2日掛かるのにって言ってたんですよね?』

『俺が2日掛けて仕上げた物を、たった1日で作るとは思わなかった。実際1日もなかったけどさ』

『だって、主任の…、建築士としての初仕事ですから、足引っ張るわけにはいかないです。前川さんはダメだったらダメ、いいものはいい。はっきりしている人だから、主任に任せたのはまぐれでもたまたまでもないと思います。主任だから、です。雰囲気だけじゃないです、…多分』

遠くを見つめる横顔に、私は真剣に訴える。最後の方は弱気になって、ちっとも伝わりそうにもない言葉たちは慰めにすらならない。

もっと気の利いたことが言えればいいのに。と、困り果てて伏せた頭上に弱気な笑い声が降り掛かる。

『あはは。多分、か…』

『はい…。あの人は雰囲気だけで、そんないい加減な感情で任せたりするような人じゃないです。それは、主任だって知ってるじゃないですか』

『…そうだな』