バックミラー越しに本村さんのお宅が見えなくなったのを確認した彼は、ネクタイを緩めて『お疲れ様』と労いの一言を述べ、外したネクタイを鞄に入れといてと指示する。
『お疲れ様、じゃないです。主任っ、アフターケアとかインテリアとか、話が唐突過ぎて困りますっ』
『ネクタイ、皺くちゃになる。それともアイロン掛けしてくれるわけ?』
そう言われて、手元に視線を移すと私の手の中で丸められたネクタイが潰されていた。
思わず握ってしまっていたネクタイは若干くたびれていた。
『あっ…、すみません。つい力が入っちゃいました。…アイロン掛けて返します』
『あはは。嘘だって、それは巻き皺だよ。ちゃんと話すから、そう膨れるなよ』
よく見れば、確かに跡が残っている部分は結んであった場所だった。
『…膨れてませんっ』
『やっぱ膨れてるだろ?』
そっぽを向いた私に届いた声は、からかうような笑い声。
『ファッションショーの話し、聞いたよマスターに』
『なっ、何で、マスターには口止めしてたのに…』
あれだけみんなには知られないようにって念を押したのに、それを知られてしまったことに恥ずかしくなる。
『マスターは悪くない、俺が聞き出したの。怒られるからって言われたんだけどさ、粘って聞き出した。インテリアコンテストもファッションショーも、優秀賞だって?』
大学のイベントのことだった。インテリアコンテストは自分で考案したインテリア雑貨を造る。ファッションショーは自分でデザインしたドレスを一から縫い、自らモデルとなる。
『…最優秀賞と違って、優秀賞は5人いました。それに、イベントは参加型だったから参加人数も少なかったんです』
『だけど、立派な賞だろ? その才能があるのに、さらけ出さないのは勿体ない。何で隠すんだよ?』
『さらけ出すほどの力はありません。あれこれ考えながらの物作りは楽しかったです。でも、それを仕事に生かせられるだけの力はありません』
芸術学科は色んな分野の基礎を総合的に身に付けられ、合理的で視野が広がる予定だった。