彼は鞄からテーブルに書類一式を出し、奥さんへを差し出した。

『前回の打ち合わせ通りの内容で、見積もりが出来上がりましたので契約書を置いていきます。直しや修正があれば連絡頂ければすぐにやります』

『てっきり、すぐ契約するものだと思っていたわ。判は今日じゃなくても大丈夫なのね?』

『はい。焦ってもこればかりは…。なんとか予算内に収まるようにはしました。決して安い内容ではないですし、店舗となれば特に大切なことです。ご主人とじっくりご検討ください、年明けでも間に合いますから。もちろん、まだ契約はしていませんので、他社への乗り換えに、破り捨てることも可能です』

勝手に話が進んで行き、彼が立ち上がったので私も立ち上がる。説明しながら廊下を抜け玄関までたどり着いた。

『破るなんて、私は早く夢が実現出来る日を待っているんですから。それにここまで親切にして頂いたのに他のところも考えていませんよ。今日、主人が帰ってきたらすぐ見せるわ。主人より、私の我が儘を聞いてくれるのは工藤さんしかいないのよ』

『ありがとうございます。では、これで失礼致します』

『こちらこそ、今日は若い方々に元気を貰った気がするわ、早速何か繕ってみようかしらね。わざわざ来て頂いてごめんなさいね。お気をつけて』
 
自分で作ったであろうエプロンを身につけ、嬉しそうに話す奥さんの背中で、扉がぱたりと閉まる。私たちが車に乗り発車するまでの間、寒空の下の玄関先で見送ってくれた。