脇目も振らず画面に集中していた彼は、しばらくしてディスプレイの向こうから『完璧』と、真剣な表情から笑みが零れた。

『ほ、ほんとですか? ほんとに…? 漏れてないですか?』

勢いよく立ち上がる。立ち上がった瞬間、ガタンと椅子が倒れた音を背中で受けた。

『言っただろ、完璧って。よくできてるよ』

『嘘じゃなくて? ほんと、に…?』

『ほんと。あはは、何度も言わせんなよ』

頬を染めて目を細めた彼を見て、胸が軽くなる。よかった、ほんとによかった、と安堵した私は、倒してしまった椅子の背もたれを持ち上げようと腕を伸ばした時、影が落とされた。

『邪魔だ。通路を塞ぐな』

『あ、島野係長。すみません』

ゆっくり頭をあげると島野さんが冷たい目で見下ろしていて、もたもたする私に痺れを切らしながらも『やれば出来るだろ?』と、目元を緩ませ椅子を起こしてくれた。

 他人事としてその場を処理しても、どこかに優しい部分があるからみんなのことも変な人たちだと思っていた。


『柏木? 他の見積もりも出来上がったら順次見せて。俺はこれから打ち合わせに出て直帰するから、急ぐ必要ないからな?』

話しながらネクタイを締め直しコートを羽織る。目を向けると鞄にファイルを詰め込んでいた。

『はい』

返事をして微笑んだ私に近づいてきた彼の顔。ひそひそとされた耳打ち。

『今日は早く上がれよ? 行ってきます』

『…は、い。き、気をつけて』

ドキドキしないわけがない。全身が熱くなって、平静を装うも声が裏がえってしまう。

耳元で『行ってきます』と囁かれたのはこれが初めてではなかった。習慣化されたそれに、いちいちどきりとして体を強ばらせた。

少しだけでいいから人目を気にしてくれないと、残された私はみんなが作業に集中しているかどうか盗み見るという行動を取らざるを得ない。実際は気にも掛けていないのは見て取れた。

気にされていないと分かっていても、これは気持ちの問題だった。区切られた狭い空間で、すっかり動揺した心は誤魔化しようもなく私はいつも休憩室へと逃走を図る。


灯台で夕陽を見たあの日から、確実に心の中に[意識の対象]として刻まれていった。