『変な人だと思ったこともあります』

『あとは?』

『あとは、えっ…、あとは。お金払ってないです。えっと、あとは…』

『あはは。嘘だよ、怒ってないって』

笑いだして振り返る彼は、眉間に指を当てて『柏木の困った顔が見たかっただけ』って笑う。


財布の中を漁る手が止まり、顔中がかあっと熱くなった。さらりとそんな事言われて意識しないでいる方が無理だ。その思いを遠ざけようとするあまり、次いでた言葉が早口になる。

『…な、なっ。ひどいです、主任。すごい意地悪です』
 
『どっちがだよ。変な人ってひどいだろ?』

『いや、それは…。怒ってるし、煽られてたし、あ、いや。えっと…。そうじゃなくて。すみません…』

何を言っても言い訳にしか聞こえない。彼の後を歩く私は、すっかりこじんまりと小さくなり、会社の社員通用口を抜け階段を上がる。

『あはは。何、一人で勝手に困ってんだよ。今のは俺じゃないからな?』

『わざわざ困らせなくても、私はいつも困ってます』

『あはは。真顔で言うなよ、知ってるし。だけど、最近は減ったから物足りない』

『や、やっぱり。…主任は変な人です!』

赤くなった顔を見られないように、可笑しそうに笑い声を上げる彼を追い越し、足早に席に着いた。


『柏木? 見積もり、メールで送っといて』

遅れて席に着いた彼は、先程まで人をからかって楽しんでいた人とは想像すら出来ないくらいに、すでに仕事モードに切り替わっていた。

こんな誰にでもあるギャップに、相手が彼だからなのか、いつも心がドキンとしていた。

『あ…、はい』

見積もりの書式を添付し送信する。離れたところでマウスがカチカチと音を立てる。出来映えに不安が残る私は、自然と耳を澄ましてしまっていて他のことに集中できなくなった。