『やっぱそこに辿り着くのか。…違う、忙しいから夜がナポリタンになっただけ』

『あ、なんだ…。そうですよね、主任がナポリタン食べない日なんて、あるわけないですよね?』

『その棘を含んだ言い方ね。…はいはい、どうせ毎日食べてますよ』
 
怒ったような口調に、コーヒーカップに指を引っ掛けた手が止まる。焦って見上げればふてった言い草なのに、表情ははにかんだように穏やかだった。


『そういうつもりじゃなかったんです…。怒りました?』

『それって。…今更だろ?』

『え…?』

『今まで散々やられてきたような気がするんだけど?』

『…あっ。ぶつかったことですよね?』

『…それだけ?』

コーヒーを飲み干したのを見届けた彼は、不満げに伝票を手に立ち上がり、鞄を持つと肩に乗せる。慌てて私も席を立ち後を追う。


『えっと…。いっぱい迷惑かけました』

『それで?』

『あと、ナポリタンを馬鹿にしたこともあります。あ、いや、マスター、違うんです。これはそういう意味じゃなくて…』

口走ってから、ナポリタンはここの看板メニューだ。まずかったと顔を持ち上げると、気まずそうにするマスターと目があって、慌てて弁解をした。

彼はすたすたとレジに進み、伝票を渡す。迷うことなく財布から千円札と百円玉二枚をトレイに置いた。申し訳なさそうにする私に向かってマスターが、『いいから、いいから』そう苦笑いしながらそれをレジに入れる。

『1200円丁度ね。いつもありがとう』

マスターに『ごちそうさまです。ごめんなさい』と、何度も頭を下げる私を置いて、さっさと店を出た。すぐに追いかけると不意打ちの低い声が届く。

『それから?』