「…やっと笑った。ずっとここに皺作ってたから」

 ここ、と自分の眉間を押さえる。私は緩んでしまった頬を両手で押さえる。


「…、はぐらかさないでください。手口は部長とそっくりです」

「どっちがはぐらかしてるんだか、ほんと頑なだな…。わかった、わかったよ、今度から先に言います。助けてくれてありがとうございました」

 折れない私に、溜め息を漏らし肩を落とした。

 冗談以外で、しどろもどろに慌ててムキになったところも。それに対し膨れ面で咎めたことも。お互い初めて見せ合った姿だった。


「これだけは言っておくけど、あの資料はよくできていたっていうのは本当のことだからな?」

「…そういうところも部長にそっくり」

「なっ、何がどこが?」

「これだけは言っておく…」

「…紗希」

 優しい笑顔を見せられて名前を呼ばれたくらいで、トクンと心が揺れ動くのだからどうしようもない。


 焦ったり、言い訳したり、ムキになったりこんなに子供っぽいところがあったっけ。と、疑問に感じた次の瞬間には、また違う顔を見せる。

 そんな穏やかな瞳を向けられれば、私はもう何も言い返せない。

「あれ、1人でまとめたのか? 本当に細かいところまでよくまとまっている。…随分、現場経験積んだんだな。一般の作品募集してコンテストなんて紗希じゃなければ思いつかない点とか、助かったよ」

 返事の代わりに笑って見せた。頬がひきつってうまく笑えなかった。

 感心されるのは嬉しいが、そんな褒められるような思いでやっていない。

 ただ、無心で没頭してただけ。誰かのためになんて綺麗事なんかじゃない。

 その声も、その仕草も、全てを忘れたかっただけだ。


 付き合っていた間、こんな風に言い合っていたら、何かが変わっていたのだろうか。今でも隣にいれただろうか。

 気づかれないようにって、必死で隠し続けた[感情]をきちんとさらけ出していたら、変わっていたのだろうか。

 私がいるはずだった場所に、別の人がいる。頭の中では理解できているのに、心の奥底で図々しくも反抗している自分がいる。