sweet♡marriage〜俺様御曹司と偽装婚約〜











「つーか、4年近く経ってんのに姉ちゃんあんま変わってねぇのな。オレよりガキなんじゃね?」



荒らされた鉄工所を何とか片付けた私たちはひとまず家に。



「ガキって、この前まで中坊だったくせにっ!」


4歳年下の翔太(ショウタ)は私が家を出た時はまだ中学生だった。

そんな中坊だったのに、今は高校3年生。

体格も、声も、顔付きも……
何だよかっこよくなっちゃって。


翔太に助けられるなんてな……

いつの間にこんなに大きくなったんだか。



久しぶりの実家はあまり変わっていなくて少し安心した。

懐かしい匂い。
私の部屋もそのままなのかな…


居間に座っているとお母さんがお茶を持ってやってくる。


「梢、突然帰ってきてどうしたの?何かあった?」



何かあった…って、私の台詞なんだけど。



「……借金って何?鉄工所、どうなるの?」



恐る恐る口にすると、お母さんの顔が曇っていく。


翔太はバイトがあるからと行ってしまった。

相当掛け持ちしているみたいで…








「ごめんね、私が勝手に出て行ったばっかりに……もっと近くにいれば…」



あんな別れ方しなかったら……



「梢は何も悪くないわ。梢はね、この家のこと気にしなくていいのよ。向こうで頑張ってるのお母さん知ってるから…」



お母さんは私の手をギュッと包み込む。


そのお母さんの瞳がどこか切なくて、いたたまれない気持ちになる。


頑張ってる……

そんな風に思ってくれてたの?



でも、私は、私は……自分のワガママで家を出て、家族が一番大変な時に居てあげられなくて


私は一体なんなんだろう。



「お母さん、私…っ」






「何だ、まだ居たのか。今更何しに来た。」




酷く低い声にドキッとして顔を上げると、居間の入り口にお父さんが立っていた。


突き飛ばされたときの傷が痛々しくて見ていられない。



「お父さ…」



「何しに帰って来た。お前のいる場所はここじゃない。帰れ。」



お父さんの瞳が私を捉えて離さない。
4年前と変わらない、厳しい目。


私のいる場所はここじゃないって、そんな…









「……お父さんが今でも怒っていることわかってる。でも、私はお父さんの娘だよ!?関係ないとか、私のいる場所はここじゃないとか、そんなこと言わないでっ!!」



こんな娘でごめんなさい。

お父さんの気持ち何も考えずにごめんなさい。


でも、私は……お父さんの娘だよ。


負けじとお父さんの目を見つめ返していると、



────バシンッ



「お父さんっ!?梢に何して…!?」



お母さんの悲痛な声が居間に響く。


一瞬何が起こったのかわからなくて。

左頬がヒリヒリと痛む。


私はそっと頬に手を当てた。



「……とんだ親不孝者めっ!タイミングの悪い時に帰って来やがって…!あのまま連れて行かれたらどうしてたつもりだ!?」



お父さんは俯いたまま身体を震わせていた。



「翔太だけに苦労させるなんて出来ない…っ!私だって娘だよ!?私に出来ることで鉄工所が守れるなら……」



「守るだと?自分の身も守れない奴が何を言う!?………もうこれ以上何も言わん、さっさと帰れ。」



お父さんはそう言い残し、居間を出て行ってしまった。


左頬だけがジンジンと痛んで消えない。









お父さんの後を追いかけようとするお母さんはそっと私の肩に手を置いた。



「ごめんなさいね。お父さん、相変わらず素直じゃないから……本当は梢が帰って来て嬉しいのよ」



お母さんは私の左頬をそっと優しく撫でる。




「でもね、お父さんの気持ちもわかって欲しい。梢は巻き込みたくないのよ。梢には向こうの生活があって私たちが邪魔するわけにはいかないの。家のことは気にしないで。私たちなら大丈夫よ。」



大丈夫、なんて嘘つかないで。


私の頬に置く手が震えてるくせに。



どうして私を関らせようとしないの?

巻き込みたくないって、私も家族なんだよ?




4年近く、家族のそばにいなかったことをこんなに悔やんだことはない。


どうして私……こんな重要な時に……っ




「お父さんの気持ちも、お母さんの気持ちもわかるけど……私にも私の気持ちがあるの。このまま黙って見過ごすなんて出来ない…っ」




ブーケとお供えの花を机に置いて、私は走って家を飛び出した。




私が救うから……

鉄工所も、家族みんなも────。









【司side】






"あの日"俺は不覚にも度肝を抜かれた。


この俺に向かって何の躊躇いもなく堂々と意見する女は初めてで新鮮だった。


骨のある、なかなか面白い奴。

直感的にそう感じていた。


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「以上が、一ノ瀬グループ60周年を記念するNY初、ホテルICHINOSEの新たな考案です。」



何百人もの収容人数が入る広い会議室はプロジェクターのみが光り薄暗い。


俺は手元の資料とスライドを交互に見つめ、重要な部分のみ丸をつける。



「以前、企画していたブライダルの件はどうなった。」



「はい。順調に進んでおります。以前は場所を確保出来なかったのですが交渉を積み重ね、チャペルもホテルのすぐ側に隣接が可能になりました。」



「現在NYにいる坂本と連絡を取れ。必要な場合は向こうに行って構わん。」



眼鏡を外し、資料を片付けると一斉に動き出す社員たち。


どうやら、俺が眼鏡を外すと会議はお開きだと悟っているらしい。









会議室を出て、エレベーターを待っていると
後ろからお気楽な声が掛かる。



「司ちゃーん。何だか今日は不機嫌そーだねぇ?さっき森尾くんビビってたよ〜」



その声にやれやれ振り返ると、茶髪で短髪の男が俺を見つめヘラッと笑う。



「……いい加減、その呼び方止めろ。鬱陶しい。」



何が司ちゃん、だ。

気色悪いにも程がある。


俺の顔を見てヘラヘラ笑うこの男は
古賀 郁実(コガイクミ)29歳。

俺より二つ年上なこの男は
仕事上により昔からの世話係的存在。


持ち前の愛嬌と人相の良さで支持を得て、古賀は会長に気に入られた。
そのうち俺の面倒を見るようにと言われ、昔から一番傍にいた存在だった。



「やっぱり、機嫌悪いんじゃん?まあ、ツンツンしてる司も可愛いよ。」



ジロッと睨みつけると古賀はフッと笑みを零す。



「機嫌の悪い理由は…オンナ?さては、ニセ婚約者に選んだ女の子に……フられた?」




何もかも見透かすような瞳にジッと見つめられ、溜息をつく。








「フンッ、馬鹿馬鹿しい。この俺がそんなヘマをするわけないだろう。」



この俺を誰だと思っている?


そう、意味を込め見つめ返すと古賀はニッコリと笑顔を浮かべた。



「ふーん、振られたんだ。司にもそういう事あるんだね〜。」



なんて、吹き出しそうになりながら俺を見ては視線を逸らす。


この男……っ!
馬鹿にしてんのか!?



「司に靡かないオンナか……凄く興味あるよ。気になるな、どんな女性?」



どんなって……

今まで会ったことのない人種だな、あれは。



「就活スーツより、まだ制服が似合いそうな華奢な女だ。阿保な割に、正義感だけは一丁前。俺に意見したかと思えばかなり顔を引きつらせていたな。」



黒よりの焦げ茶色の髪を後ろに束ね、会議室に入ってきたときには焦っていたのか少し汗ばんでいた。

その姿は学校に遅刻して走って来た学生のようで。

スーツを着ているのではなく、完全スーツに着せられているような格好。

制服の方が似合っていそうな華奢な体型に、幼さを残した顔。


綺麗とは真逆なタイプ。

言うならば、小さくて可愛い、という感じなのだろう。










「へぇ〜、年下で可愛い子なんだ? いいな〜何でフられたの?もしかして、無理強いに迫った?」



古賀はニヤリと微笑んで俺を見る。


とことん女はべらすお前と一緒にすんな。



「この俺が振られるわけがない。あの女は頭が堅すぎる。あの阿保が物分りが良くないだけだ」



思い出しただけで腹が立つ。



『そんな上から言って、はいそうですかって納得すると思いますか!?あなたがどれだけ偉いか知りませんけど……人の気持ち、考えたことありますか!?』



人の気持ち、だと?

社員を何千人と背負う俺が
何故、阿保女の気持ちを考えないといけない。


馬鹿馬鹿しいにも程がある。



『婚約者の代わりは他をあたって下さい。』



小娘のガキが、調子に乗りやがって。

後から後悔しても知らんからな。



古賀と一緒にエレベーターに乗り込んで総務課である32階に上がる。




「……そんなに嫌か?社長が決めた相手と結婚するの。」



広いエレベーターの壁にもたれ、古賀は腕を組んで呟くように言葉を零す。











「……司の気持ちはわかるけど、社長だって昔の件も色々考えてだな…っ」




古賀が口を開いたとき、タイミング良く32階に着いた。



「お前が何と言おうが、社長の命令は聞かない。絶対にな。」



エレベーターを降りて、総務課に向かうと一人の社員と目が合った。




「あっ!司さん!これから社員で飲みに行くんですけど司さんもどうですか?」



待ってましたと言わんばかりに、ぞろぞろと俺の周りに社員が集まる。



「行きましょうよ!今日は女子禁制の男のみで!!」



何か断る理由を考えていたとき、ポンっと肩に手が乗った。



「いいんじゃん、たまには。部下がどんなところで飲んでるか見るのも司の仕事だろ?」



振り返ると、古賀がフッと笑っていた。


さっきのしんみりした空気はどこへ行ったのか。

まあ、こいつのこういうところに助けられることは何度もある。



「……少しなら付き合ってやってもいい」



渋々承諾すると、社員たちはワーっと盛り上がった。