私は走ってくるゆうくんを見て足が震えだした。震えはすぐに全身まできた。

このままだと、ゆうくんに海から引き出されまた同じ苦しみを味わうことになる。
そう思った私は、急いで向きを返えて海の深くへ進み始めた。
なぜか両目からは大量の涙が流れていた。
全身の震えは強くなるばかり。
足が思うように運ばない。
手に抱かえた物は周りに投げ捨て、両手で水を掻き分けながら進もうとしてもなかなか波に押されて進めない。


すると後ろから私の名前を叫ぶ声が近づいていることに気づいた。


麗っっっ!!!ダメだっっ!
行くなあああああっっっ...!!


余りにも声が近くて振り返ると、ゆうくんは靴を脱いで海に入って来ようとしていた。

私は追いつかれないように必死で走ろうとするも足力が入らず、手は震えて水を掻き分けられず、波はやっと腰の位置まで来たくらいだ。
こんな日に限って海は穏やかである。


捕まるっっ...
そう思った時にはもう両腕をゆうくんに掴まれていた。


何でいるのよっ...
何でここまで来たの...
死なせてよ!!!


ゆうくんの腕を振り払おうとするも男の本気の力には勝てない。
ゆうくんは泣いていた。
私もグシャグシャだ。


なんで麗が死ぬ必要があるんだよ...
なんで死ぬんだよっっっ!!
この馬鹿野朗っ!
麗は生きろよ...
生きていてくれよ...


何を言われても心には響いていない自分に驚いた。
邪魔されたことだけに腹が立っていたが、考えとは裏腹に身体が震えていて死にたくないようにも感じていた。

真冬の海の中で、ゆうくんの手から離れようと取っ組み合いをして、たった30秒くらいだろうか、随分長く感じた。


無理やりゆうくんの手から離れられたと思った瞬間、貝に足を滑らせ後ろへ沈みこんだ。
皮肉にも泳げる私はそれくらいでは溺れないだろうと思っていたものが、
真冬に長い間水に浸かっていて体力が落ちていて、気づいたら頭の上まで水に浸かってしまっていた。


遠くて私の名前を呼ぶゆうくんの声が聞こえる。
水の中で、ようやく自由になれるんだと思い全身の力を抜き、流されるままにしようと思った。
だんだん息が苦しくなる。心地いい感じがした。


冷たいこの水の中で、ゆっくりと気が遠くなる。


ゆうくん...
いままで...ありがとうね...