「走らなくてもいいよ」
さすがにそのまま転んでしまうと凄く危なかったから、まだ数メートル先にいるキミに届く様に放った声がたくさんの生徒が歩く廊下に反響した。
「今日ね実習でねっ」
「走っちゃだめだよ。転んだら…」
それでも止まってくれないキミにくっつく不器用な足音が恐ろしいと感じる事は、後にも先にもあの時だけだったよ。
「っわ」
案の定、何もないのに突然前へと倒れていくキミの身体に、予想していた筈なのに冷めたい汗が一気に溢れ出てきた。
これは本当に危険だとはじめてキミに駆け寄ろうとした僕の脚を止めたのは。
「千尋くんパスっ」
僕の思考も予想の範囲も全てを遥かに凌駕した、キミの行動だった。