「あー、……悪ぃ」


何てこった。初めて彼女に話し掛けたと思ったら、開口一番謝罪しなきゃいけない状況だよ。
乗り込む人の流れに押され、しかも性質の悪いサラリーマンにどつかれて、俺としたことが足元をよろけさせ、転ばないように閉まったドアに手を着いて我が身を支えたんだ。
でなきゃドア傍に居る何かちっこい誰かを押し潰そうになったから。


勢いよく手を着いたらそいつはすげぇ驚いたらしく、何か悲鳴が聞こえた。
よくよく見下ろしてみたら、俺の毎朝の癒しの彼女じゃんか。
すまねぇマイエンジェル。不可抗力だ。


彼女は可愛い口をあんぐり開けて、俺を見上げている。
そうかと思うとすぐに我に返ったらしく、また俯かれてしまった。


まあそうなるよな。我ながらこの距離の近さは反則だ。
彼女が抱える鞄に阻まれてはいるものの、ぴたりと身体が密着している。
俺が俯けば、彼女の髪糸の匂いまで伝わってきそうだ。


男としてはすごくラッキー。
でも多分俺の持ち前の目付きの悪さで彼女を怯えさせてるからアンラッキー。
動けねぇんだよ。まだ向こうのドアが閉まってなくて、ぐいぐい背中から押されてるから。


俺はせめて両手を着いて彼女を囲み、盾に徹する事に決めた。
こうなったら、この幸運な位置から流されて堪るか。
男としてせめてカッコ付けておこう。



「お詫びって訳じゃねぇけど、流されねぇようにしてやるよ。あんま動くな」


「え、でも…」


「いいからこのまま」



彼女が申し訳なさそうに眉尻を下げた顔を見せる。上目遣いは反則だろ。
鞄を抱える彼女の手にくっついている俺の心臓が、実はすげぇ跳ねてることに、気付かれないといいんだがな。