私は桜沢千春(さくらざわちはる)、至って普通の女子高生。
嫌いなものは毎朝の電車。だっていつも人が一杯だから。
人より身長が低い私は、いつも人の流れにくるくる流されて揉みくちゃにされてしまう。


いわゆるお嬢様学校に入ったのは親の言い付け通りにしただけだけれど、このセーラー服だけは気に入っているのに。
可愛い制服だって、朝からこんなに人に揉みくちゃにされたら皺だらけになってしまう。


電車のドアが開くと、思わずため息が出そうになる。
この駅、降りる人よりも乗ろうとする人の方が多いんですけど。


今朝も頑張って、何としても乗り込まないと!
だってこの電車のこの車両には、彼も乗って来るんだもの!
彼を見られたら、嫌いなこの電車も少しだけ好きになれる。


私が降りる駅より二駅先にある公立高校の制服を着ている彼は、とっても背が高い。
ベリーショートの髪は少し茶色掛かってて、眸は切れ長。目付きはあんまり良くない。いつも機嫌悪そうに見えるのは、多分彼もこの満員電車を不快に思っているから。だと思う。
でも、何せ顔の造作が整っているから、無愛想なのが却ってクールでとてもカッコいい。
私も公立受ければ良かったなあ。


…なんて呑気に考えていたら、並んでいた列が動き出していた。
やばい、乗らないと。
あ、ちょっとおじさん、鞄がお腹に当たって痛いってば。
後ろのおばさんがイライラして私の背中を押してくる。


こういう時は、人の流れから抜け出して隅っこで縮まるのが吉だ。
私は反対側の閉まっているドア横の手擦りを掴み、自分の身体を引き寄せて、その角の空間に滑り込んだ。
ドアを背にして鞄を胸に抱え、両足を踏ん張る。絶対ここから流されるもんか。
続々と乗り込む人の流れに堪えろ、私。向こうのドアが閉まるまで。


俯いて必死に縮こまっていたその時だった。
何処かから、ぬ、と伸びてきた手が、ドン!と頭の脇に勢いよく突かれた。
寄り掛かっているドアガラスが衝撃に震える。


「ひっ!」


喉から引き攣った声音が漏れた。
流されてきた誰かが私の前に立ちはだかり、ドアに手を着いたらしい。
だがそれと同時に、私の周りに僅かな隙間が出来て、圧迫が楽になった。


そうか、巧い具合に目の前の人が壁になってるんだ。
私は視線を上げて、その人を見た。凄くのっぽ。公立高校の学ラン。
え、これって、



───無愛想クールな、彼だった。