「じゃあ弁当置いておくからな。遅刻すんじゃねぇぞ」
俺は学ランの上に着けていたエプロンを外しながら奥の部屋にいる母親に声を掛ける。
食卓の上に置いたのは、俺より遅く家を出て仕事に出掛ける母の分の弁当だ。
何で俺が作るかって? 決まってる。俺の方が圧倒的に料理スキルが高いからだ。
俺が幼い頃に親父と離婚した母は、女手一つで俺の事を育ててくれている。
そんな母の背中を見て育ち、幼心に何とか役に立ちたいと家事の真似事を始めた結果、高校に入る頃には、三度の飯の用意はすっかり俺の役目になっていた。
「はいはい分かってるわよ拓海。あんたいい奥さんになるわ」
「しばくぞこのアマ」
「おお、怖い」
わざとらしく肩を竦める素振りなんぞ見せる母をスルーして、俺はスクールバッグを取り上げた。
もちろん手製の弁当入りだ。早く出掛けないといつもの電車に間に合わない。
スニーカーを履くと、マンションを出て駆け出した。
氷室拓海(ひむろたくみ)17歳。高校二年生。行ってきます、だ。