「ごめ~ん、遅くなって。更衣室で皆と話してたら盛り上がっちゃって」
そう言いながら静かな図書室に和美がやってきた。傍迷惑な騒々しさではあるが、遅い時間とあって図書室に残っているのは僕だけた。
「別に。和美が遅いのはいつもの事だし、それに宿題をやってたから丁度良かったよ」
「あ、後で家に帰ったら教えて、数学でしょ?今日出た」
「お前なあ、教えてって・・・お前はいつも写すだけだろ?」
「だって~、数学って難しいんだもん、大体虚数とか意味わかんない!」
「判った、判った、じゃあ帰ろうぜ。和美んちで夕飯ご馳走になるから写させてやるか」
「やった~、流石慎ちゃん、優しい!」
いつもこの調子で和美の少し甘えるような声とその表情に僕はいつも為す術がない。まあ惚れた弱みと言えばそれまでである。
そして帰り道自転車を漕ぎながら今日あった出来事を全て聞くのがこれまた僕の日課だ。和美は昔からその日にあった事を全て僕に話さないと気が済まない。もっとも自分から色々な事を話すのが苦手な僕にとってそれを聞いているのは楽だった。そしてその話は家に帰るまでの時間では足りない。よくもまあ、こんなに話があると僕は感心する。
お蔭でクラスが違う僕と和美であったが、僕は和美のクラスの女子やクラブの顧問の先生や先輩の事まで良く知っていた。
「ただいま~」
家に着くと自転車の後ろから飛び降りた和美が先に家へと入った。
「ただいま」
昔から自分の家同様ではある僕もそう言って和美の家に入る。
「あら、慎ちゃんお帰り。毎日毎日ごめんなさいね、和美を送ってくれて。一応年頃の女の子だから助かるわ」
「そんな事ないですよ、どうせ家が一緒みたいなもんだし」
「ママ、慎ちゃんなんか弱っちいから居たってボデイーガードになんかならないわよ」
「こら、和美!まったく可愛げが無いんだから。そんな生意気な事言ってたら慎ちゃんに嫌われるわよ」
「大丈夫よ、ママ。慎ちゃんは昔から私の事好きなんだから、ね?慎ちゃん」
「お前な、一体それっていつの話をしてるんだよ」
そう言われると僕は流石に表情は変えないものの内心はドキドキしていた。
「だって、私が慎ちゃんと結婚しないって言ったら慎ちゃん泣いちゃったじゃない?覚えてないの?」
「覚えてないね、そんな昔の事」
そう言った僕であったが、本当はその時の事は良く覚えていた。確か近所の子供達数人で遊んでいた時の事、おままごとをする偽結婚式をする事になりその相手が和美だった。
何故かその当時僕に対して苛めっ子だった和美が僕と結婚しないと言って僕を困らせた。結婚しないとおままごとが出来なかった僕は困り果てて泣いた事があった。
和美はその事を言っているのだ。