もう全くやる気を感じられない口調で紅は答えた。

「井上…」

私は読んでその音を耳にしたとき、全ての記憶がフラッシュバックしてくるような感覚に陥った。
井上、春雪。

今まで忘れていたけれど、あのとき、小学生のときに私を救ってくれた高校生は確かそういう名前だったような気がする。
春雪…。

マックで一緒にシェイクを飲んだね。

キティちゃんのぬいぐるみをとってくれたね。

この、私がずっと大事にしてきたピアスをくれたのも、春雪だった。

もしかしたら、あのときの…?

そう思いながら頭を横に振る。

そんなはずない。

もう5年も前の話。

こんな偶然あるはずがない。

私は高鳴る胸を押さえながら、紅と一緒に体育館に向かった。


体育館に入る入り口でお辞儀をしてから入るのが、私の学校の決まりだ。
私と紅は、名前を聞かれてからお辞儀をすると、クラスの列の後ろに並んだ。

頭の脂ぎった校長が長々と話をしている。

どこかで誰か倒れたのか、教師たちが駆け寄っていく。

ざわざわとしている体育館。

そんな中でも、きっと私ほど緊張していた生徒はいなかったと思う。

もしかしたら、あの男子高校生かもしれない。