息子くんが書いている来室証紙を覗き込む。

「…『鴨城一夜』…? 親子なのに、名字違うんだね?」
「違うわよ、日向ちゃん」
「え?」
「『鴨城』じゃなくて『鴫城』。一夜、字が汚いから…。そうだ、一夜。自己紹介しておいたら? 色々とお世話になるかもしれないし」
「はいはい…うおっ」

面倒くさそうに立ち上がったが、すぐさまこけそうになる。そしてそれを、すかさず幼なじみちゃんが支えた。幼なじみちゃんは私を見ると、はにかんで小さく一礼した。

「そういえば…何しに来たの?」
「私ですか?」
「うん。…あ、付き添い?」
「はい。歩こうとすると足がちゃんと地面につかないので…あっ」

幼なじみちゃんは息子くんをイスに座らせると、私に向かってお辞儀した。

「三年四組の鶴花雪月(ツルバナ・ユヅキ)です。これからよろしくお願いします!」
「大丈夫だよ、挨拶なんてしなくても…」

挨拶されると、何だか気が引けてしまう。

「いえ、私、今年は保健委員になろうと思っているので」
「保健委員?」
「はい。月に一回発行される保健だよりの編集とか、そういうのに携わる生徒がいるんです」
「それが、保健委員なの?」
「はい! …で、今足を捻挫してるのが、私の幼なじみの鴫城一夜(シギシロ・カズヤ)です」

鴫城くんは小さく一礼をすると、今度は学習したのか鶴花さんの肩を持ちながら立った。

「一夜も保健委員をやるつもりみたいだから、よろしくね」

鴫城先輩が補足した。…それにしても、鴫城くんはあんまり人と喋りたくないのか、ただ単純に面倒なのかは知らないが、さっきとは違って無口だった。

「…そうだ、私の自己紹介もしておかないとね」
「大丈夫ですよ。鷹夏日向先生、ですよね」
「うん。…そりゃあんな大失態を犯したら、いくらなんでも覚えちゃうか…」
「いえ、それじゃないですよ」
「…どういうこと?」
「先生、すごく美人じゃないですか。だから覚えられただけです」

顔が赤くなるのと、チャイムが鳴って鴫城くんと鶴花さんが教室に戻っていく時間がかぶったのが、本日最大の救いだったかもしれない…。