もしもタイムマシンがあったなら、と、似合わないことを想像してみた。

もしもタイムマシンがあったなら、私はきっと、すぐにあの夜に戻っていた。そして外に飛び出して、一言物申していた。

「秘密を知られたくないから退学にさせるって…やりすぎです、理事長!」

こうかもしれない。

「一夜くんは何も悪くないです!」

あるいは、こんな言葉かもしれなかった。

そしてその時に、私は雪月ちゃんを強く抱きしめただろう。そんな家庭環境に育ってしまった一夜くんの、大切な大切な幼なじみ。失いたくないのは、一夜くんには負けるだろうけど、私だって同じだった。

…だけど、タイムマシンなんてどこにもない。万が一あったとしても、私は持っていない。

「…」

声も出さずに、私は泣いていた。気づけなかった頭の悪さと、飛びだせなかった無力さと、この話を聞いて、こうして泣いているしかいられない未熟さを後悔するせいで、声を出す余裕がなかった。指を何かしらの液体が伝うのが感じられる。冷や汗かもしれないと思ったが、ほのかに鉄分の独特な香りが鼻をついた。

「…日向ちゃん…って、血が…!」

例のごとくすぐ傍に来て慰めようとしてくれた先輩だったけれど、私の手の下にできた大粒の飛沫を見て、顔を青くした。

「あっ…」

鵜児くんは血が苦手なのか、目を背けてしまっていた。

「日向ちゃん、痛くない?」

痛くなんかなかった。私より、雪月ちゃんや先輩、それに鵜児くん、そして何より、一夜くんの方が、よっぽど痛いはずだった。

だから、この言葉が意外すぎた。

「…我慢するなよ、日向」

右後方から聞こえた、一夜くんのその言葉が。