俺は、向こうから渡り廊下を歩いてくる結ちゃんを見つけた。

そして、結ちゃんのほうに駆け寄る。

俺が見た結ちゃんは、泣きはらした目をしていた。

きっと、雪がまた、何かしたに違いない。

そう思った俺は、結ちゃんを人気のない場所に連れて行った。

「…で?一体、雪と何があったの?」

俺は、結ちゃんに聞いた。

すると、結ちゃんは、暗い表情のまま、しばらくは黙っていたが、

「……雪間くんにキスされたの……。」

そう呟いた。

俺は、内心びっくりしていたが、結ちゃんを不安にさせるようなことはしたくなくて、平静を装い、

「結ちゃん、雪には俺からよく言っておくから、もう安心して?ね?」

俺がそう言うと、結ちゃんは安心したような顔をした。

そして、少し二人っきりで話をして、先に俺は校舎内へ戻った。


(まったく……。雪の奴、あんなに結ちゃんのこと泣かせて……。何やってるんだよ。)

俺がそう思って、渡り廊下を渡っている時、ふと反対側の2階の渡り廊下を渡っている二人が目に入った。

『春名先輩』と『瑠璃さん』。

二人は楽しそうに笑いながら、歩いていた。

そんな二人を見て、ズキリッと心が痛む。

俺は、実は春名先輩のことが好きだった。

昔から、必ず好きになる人は『男』だった。

だから、『俺』は『そういう部類』の人間なんだと思う。

その事は『雪』にさえ、『言ってはいない』。

雪は、春名先輩のことが『大嫌い』だし、それよりも、『親友』に『そういう人間』なんだと、そう思われることが怖かった。

でも、今までも好きになった人はいるが、『告白』はしたことは、一度もない。

だって、『怖い』じゃないか……。

『拒絶』されて、『その好きな人』に『無視』されたり、『白い目』で見られるのは……。

春名先輩が、そこまでするとは思えないが、でも、きっと、今までとは態度が変わると思う。

それに、『結ちゃん』と『瑠璃さん』が、『春名先輩』に惚れてるのは、態度を見てれば、よく分かった。

だが、俺はなぜか、できれば、『結ちゃんの恋』のほうを応援したかった。

雪には悪いと思うが……。

確かに、『結ちゃん』と『春名先輩』が、仲睦まじそうにしていたら、心は痛むが、『瑠璃さん』の時よりかはマシだ。

それに結ちゃんと雪が、どうしても、『お似合いの仲』には、どうしても、そうは思えなかった。

『雪の気持ち』は、痛いほど分かる。

前に雪から『結のことが好きだ』と打ち明けられたことがある。

だけど、その前から、俺は、『雪の結ちゃんへの想い』に気づいてたし、もちろん、雪は親友だから、応援したい気持ちもある。

しかし、結ちゃんとあの性格の雪とは、どうしても、『合う』とは、俺には思えなかった。

俺の中で、いろんな思いが渦巻いて、考えていたら、いつの間にか、『二人の姿』は見えなくなっていた。

(春名先輩……。)

俺は、心の中でそう呟いていた。


春名先輩と初めて会ったのは、俺が中学3年生の時だった。

雪の部屋に遊びに行ってた時に、瑠璃さんが訪ねてきて、初めて連れてきた。

俺は、春名先輩を見た瞬間、そのキレイな顔に見惚れてしまっていた。

そう、俗にいう一目惚れってやつ。

俺は、春名先輩の顔をしばらく見つめていた。

春名先輩は、俺たちを見ると、にっこりと爽やかに笑った。

ドキンッ。

その瞬間、俺の胸が高鳴るのが、自分自身でも分かった。

雪の奴は、びっくりした顔をして、凝視していたが……。

まさか、自分の他に、こんな顔の男がいると、思わなかったのかもしれない。

瑠璃さんは、自慢そうにして、春名先輩を紹介した。

そして、その時、瑠璃さんが春名先輩に惚れていると気づいた。

まさか、瑠璃さんと『同じ人』に惚れてしまうとは……。

俺は考えもしなかった。

雪も勘づいたのだろう。

春名先輩とは、話を一切、しなかったが、ジッと見ていた。

心底、嫌そうな顔で……。

ああ、春名先輩は『雪の嫌いな奴』。

雪を見て、俺は直感した。

だから、春名先輩はきっと、『良い人』なのだろう。

俺はそう思った。

喋ってみたら、やっぱり『良い人』で、しかも、優しくて、頼りになって、男らしい人。

こんな人を女の子たちがほっておくはずがない。

瑠璃さんだけではなく、他の女の子たちは、熱い視線で、春名先輩を見つめていた。

でも、春名先輩は『そういうこと』にだけは『鈍感』な人だった。

そんな女の子たちの視線にもまったく気づかず、平然としている。

女の子たちから、相談を受けてはいたが、その子を『好き』になったりはしなかった。

俺は、そんなところが安心した。

でも、『ある女の子』の出現で、俺は、少し『動揺』したかもしれない。

春名先輩の『幼なじみ』の『紅林結』ちゃん。

春名先輩に、一番に『大切』にされている女の子。

春名先輩は『妹のような存在』と言っていた。

見ていたら、春名先輩は、『恋愛対象』として、結ちゃんを『大切』にしているのではなく、本当に『妹』のように思っているのだと分かった。

だが、『結ちゃん』のほうは『違う』。

春名先輩のことを『恋愛対象』として見ていた。

だが、話したら、結ちゃんは『良い子』で、俺は『好感』が持てた。

そしたら、『雪』がその『結ちゃん』を好きになってしまった。

(これはヤバい……。)

俺はそう心の中で思った。

俺のこの予感は的中したのだった……。