生暖かい、夜明けの湿気を含んだ風が、部屋に入ってくる。

薄汚れた、路地裏。
この窓から見る景色が、自分の生きる場所だと思っていた。
ここから逃れることなど、考えもしなかった。

今でも、沼田自身が、生き方を変えられるとは思っていない。
それでも。

タカヤを、ここではない景色に、連れていける。
そう思うことが、嬉しい。

こんな気持ちは、初めてだった。

他人が自分よりいい目を見ていたら、嫉妬や羨望しか感じなかった。

他人の幸福を、こんな自分でも望むことができる。

それ自体に、こんな幸福感があるなど、知らなかった。


ほだされて、俺も、馬鹿野郎になっちまったな。


薄く笑って、沼田は窓に背を向けた。


ここにも、もう戻らないかもしれない。