「美空、転校生だったのか。てっきり他の学年なんだと思ってた」
「あの日は、学校に挨拶に来てたの。お母さんと校長先生が話したいことがあるって言うから、学校を探索してたんだ」
「なるほどね。...ああ、そうだ、学校を案内しようか。まだ分からないことだらけだろう」
美空は頷きかけて、そうだ、と言う。
「先生が、生徒会長さんがこのクラスにいるから案内してもらえって」
「そうか。なら好都合だな。実は、その生徒会長ってのが僕だ」
「生徒会長さんだったの。驚いた」
「嘘じゃないよ。こんなんだけど、生徒会長」
「屋上って基本的には入れないって聞いたけど、もしかしてそれも」
「そう、生徒会長の特権。先生には秘密ね」
放課後、学校中を案内した。すれ違う友人たちには毎度のように「お前そんな可愛い彼女どこで捕まえてきたんだよ」なんて言われて、否定しつつも悪い気はしなかった。平然を装っていたのに美空が恥ずかしそうにうつむくものだから、僕まで照れくさくなる。
色々案内したところで、美空が屋上に行きたいと言った。屋上に続く階段をのぼっている途中、美空が一枚の写真の前で立ち止まった。階段の壁にかかっているその写真は、だいぶ劣化していた。
「この間は気付かなかった。この写真」
「うちの学校の卒業生がこの屋上から撮ったらしい。たしか100年くらい前のだったかな」
今では考えられないくらい鮮やかな光景。
並木道を歩く人々。子供たちが遊ぶ公園。花屋に喫茶店、向こうの方にはショッピングモール。空は青く澄み渡っており、綺麗なガラス張りの高層ビルに足を運ぶシャツ姿の男性たちは脱いだスーツを左手に、腕までまくっている。奥に見えるのは、遊園地だろうか。
「広海...これなに?」
「観覧車のこと?」
「観覧車って言うのね。観覧車って乗り物?このひとつひとつの部屋の中に入るの?こんなに高いところから街を見下ろせたら気持ちいいだろうね」
彼女は観覧車にも乗ったことがないのか。でもあの時みたいに悲しい顔ではなく、美空は笑顔のままだったから安心した。
「あーえっと、旅行とかで行ったりとかはなかったの?」
恐る恐る尋ねてみる。
「旅行行ったことないの、私」
笑顔のまま答える美空。だが、よく見ると頬が微かにこわばっているのがわかった。
「そっか、親が仕事忙しいと大変だよな。僕んちは母さんが忙しいんだ。仕事してるわけじゃない、専業主婦なんだけどね。妹と弟がいつも問題起こすもんだから、いつも忙しいの」
「弟さんと妹さんがいるのね。楽しそう」
顔を上げると、美空は素直な笑顔に戻っていた。そうか、どうしたらいいか分かった気がする。
屋上にあがると、雨は止んでいたが、真っ黒な雨雲が空を覆い尽くしていた。いつものような、暗い暗い空だった。