大好きな声が聞こえた途端、金縛りが解けたみたいに身体が軽くなった。

だけど、それも一瞬。



「皐月!遅かったじゃない」



すぐに花が咲いたようにパアッと笑顔を浮かべて、佳奈恵と呼ばれた女性は皐月の腕に手を絡ませた。


まるで恋人同士みたいにくっつく佳奈恵さんとそれを嫌がる素振りも見せない皐月。

なんで振りほどかないの?

なんで私を見ないの?

なんで佳奈恵さんよりも先に私に声を掛けてくれなかったの?


こんな醜いこと考えたくもないのに、次から次に溢れ出して止まらない。


嫉妬心で気が狂いそうだ。


佳奈恵さんと皐月がどんな関係なのか知らない。

けど…皐月は私の彼氏だよね……?
信じていいんだよね?



「ねぇ、あの子が矢嶋彩ちゃん?」



佳奈恵さんが私にチラッと目を向ける。

ビクッと強張る身体。
上がる心拍数。


そして、皐月から発せられた言葉と冷めた視線に全ての音という音が遠退いた。



「知らねぇよ。あんなガキ」







それからのことはあまり覚えてない。

二人が少しバザーを回ってる様子は何回か見た。洋平や施設長が「大丈夫か?」って声を掛けてくれたのも覚えてる。

だけど、私の頭の中の大半を占めているのは、最後の皐月の言葉だった。



「ガキ、か……」



あの木の上から、すっかり暗くなった空を見上げる。

星は見えない。
日中はあんなに晴れてたのに、今は分厚い雲が空を覆って今にも雨が降りそうだ。


バザーが終わったのが4時。
それから片付けて、施設でジュースとお菓子を広げて打ち上げをして、施設を出た時には夜7時を回っていた。

それから小腹が空いたから天下一でラーメンを食べて、家に帰りたくないから街を少しブラブラして、結局ここに辿り着いた。

時間はもうわからない。
知らなくていい。知りたくもない。

何回かポケットの中でスマホが震えていたけど、見る気にもなれなくてポケットの中に手を突っ込んで画面を見ないまま電源を落としてしまった。