「まだ?そうですか……皐月ったら急いでるって言ってたのに。寄り道でもしてるのかしら」

「え…」



腕時計で時間を確認しながら呟く女性の言葉にピクリと眉尻が上がる。


今、この人…皐月って言った?

一緒に会社を出たってことは同僚か何かなんだろうけど、普通仕事関係の人がファーストネームで呼んだりしない。

それに、こんな所まで来たりしないよね……


胸の奥の方が凄くモヤモヤする。

仕事だったって頭ではわかってるけど……

こんな綺麗な人と一緒で。
その人とは、同僚以上の関係かもしれない。



加速する鼓動。滲む汗。胸の中で渦巻くモヤ。

誰だか名前もわからない、どんな関係なのかもわからない人に嫉妬してる。



「そうだ。矢嶋彩ってどの子?」

「え⁈」



突然女性の口から自分の名前が出て来て、心臓がドクンと跳ね上がった。

何で私の名前を知ってるの……
この人、本当に一体何者?



「えっと……」

「もしかして……あなたが…?」



辺りを見渡していた女性は私の困惑した反応を見て、探るような視線を私に向けてくる。

さっきまで好意的な態度だったのに、私が“矢嶋彩”だと確信すると目をスッと細く鋭くさせた。



「ふ〜ん。あなたがね」



なんか、この人怖い。

今度は品定めするような視線。
上から下まで見回した後、刺すように強いそれにすっかり怯んで身体を強張らせた時。



「佳奈恵。何してんの?」



大好きな声が私の名前じゃなくて、違う女性の名前を呼んだ。