「まだ来てないのかな」



午後1時過ぎ。

昼に来ると言っていた皐月がまだ来ない。
連絡もないし、仕事が長引いてるんだろうけど、大学進学に決めた事を早く伝えたくて、私は数分置きに皐月の姿を目で探してはため息を吐いた。



私が進学をするって言ったら、皐月はどんな顔をするだろうか。

驚いた顔か、それとも笑顔か。

皐月の反応が楽しみで、今か今かと待ち遠しい。



「早く来ないかな、皐つーー…」

「松永皐月さんはいますか?」



つい漏れた私の独り言を消すように、彼の名前を呼ぶ可愛らしい声が耳に届いた。

ぼーっと門の方を見ていた目を咄嗟に声の方へ向けると、そこには声から想像出来る通りの可愛らしくて清楚な大人の女性が私を見据えていた。


誰……だろう?皐月の知り合いだよね……?

長いストレートの艶やかな黒髪。
真っ黒な瞳と白い肌、少し下がり気味の眉。
綺麗に塗られたパールが入った赤い口紅が映え、綺麗なデコルテが見える服装。

全てが子供の私とは違う大人な雰囲気を醸し出していて、私の心臓が重苦しい音を鳴らし始めた。

何かの警告のような不吉な音にゴクリと唾を飲むと、声が震えないように言った。



「さつ……、松永はまだ来ておりません」



別にここは畏まった所でもないんだから、わざわざ苗字に言い換えることもなかったんだろうけど。

何故か名前で呼ぶのを躊躇ってしまった。