「私、皐月が何の仕事をしてるのかも知らないや……」



仕事のことだけじゃない。

数ヶ月一緒に暮らしてるし付き合ってもいるのに、皐月のこと何も知らないかも。

生い立ち、施設にいた理由、仕事……

家はお父さんに貰ったことなら聞いたけど。

“贖罪”って何?過去にお父さんと皐月の間で何があったの?


気になるけど、皐月は全部を話してはくれなかった。話したくないのかどうかわからないけど、そんな状況で私からズケズケと踏み込むなんて出来ない。



「いいんじゃない?知らなくても」

「へ?」



洋平があまりにも飄々と言うもんだから、思わず間抜けな声が漏れた。



「彩は皐月兄ちゃんが大手企業のエリートだから好きになったの?」

「え……皐月ってエリートなの?」



大企業のエリートって……
皐月ってそんな凄いの?

知らなかった。
てっきり公務員とか、休みがきっちり取れて定時に上がれるような仕事なのかとばかり思ってたのに、それがまさか大企業のエリートだなんて……


多分、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてたんだろう。

洋平は口を手の甲で覆ってぷぷぷっと笑うと、「ほらな、知らなくたって皐月兄ちゃんは皐月兄ちゃんだろ」と何故か誇らしげな顔をした。



「あの人、すげぇんだぜ。商社の営業マン。前皐月兄ちゃんに名刺貰ったんだけど、まだ二十代なのに課長だった」

「へぇ……そう、なんだ」

「カッコイイよな、まじで」



初めて聞く話に驚きを隠せなくて、言葉が上手く出てこない。


そんなエリートな皐月が花火大会前までは夕飯時には家にいて、私と一緒にご飯を食べてくれた。

きっと私が想像する以上に忙しかっただろうに……それでも私といてくれた。

私が一人ぼっちにならないように、だよね……



「ホント、かっこよすぎ……」



どうせ私が気にしちゃうから疲れたとか忙しい素振りも見せなかったんでしょう?

本当は相当無理してたはず。
それを私が気付かせないように振る舞うなんて、皐月はどこまで優しいのよ。



「俺もあんな風になりたい。早く一人前の大人に」



そっか、男目線だと皐月はそういう風に映るんだ。

憧れ、尊敬。
大企業に就職するだけでも凄いのに、若くして課長になって、この先もきっと出世街道まっしぐら。

仕事が出来て極め付けは顔まで良いとくれば、完璧過ぎて漫画とかドラマに出てくる人みたいで、何だか少し遠い存在に感じてしまった。


「だからさ、俺大学目指すことにしたんだ」

「え⁈」



まさかの洋平の進路変更宣言に思わず大きな声を上げた。