あれから、数日。
医者は、怪我は大したことはないって言ってたのに、佑宇真は目覚めようとしない……。
医者……。
唐澤先生の中学時代からの親友で、沢渡東青という名前らしい。
沢渡医師はオレのほうへ来ると、
「そんなに心配するなよ。怪我は大したことなかったんだから。」
そう言った。
でも、それじゃ、佑宇真は、なぜ、目を覚まさないんだ?
「いつ、佑宇真は目が覚めるんだよ!!」
オレは、声を荒げてそう言った。
「そう、カッカするなよ。だから、大丈夫だって。」
オレと沢渡医師が、言い合ってた時だった。
「…ん……。」
そう呟いた佑宇真が目をうっすらと開けた。
そして、目を完全に開けると、ゆっくりと起き上がった。
「…っ……。いたっ……。」
痛みに呻く佑宇真。
「佑宇真、大丈夫か!?」
オレは、佑宇真の手を握りしめ、必死になって、そう言った。
すると、佑宇真は、ふと不思議な表情をした。
そして、信じられない一言を言った。
「…お前、誰?…っ、俺は一体、誰なんだ……?」
頭を痛そうに押さえると、佑宇真はそう呟いた。
オレは、信じられない思いで、
「佑宇真、何言ってるんだよ!?オレだよ!魔裟斗だよ!!」
そう必死で叫んでいた。
「…マサト……?」
「そう、魔裟斗だよ!」
佑宇真はもう一度、オレを見るが、
「…分からない……。」
そう呟いた。

「記憶喪失だな。」
沢渡医師は簡潔にそう言った。
「…記憶喪失……。」
オレは、呆然と呟いていた。
信じられなかった……。
佑宇真が記憶喪失になってしまうなんて……。
沢渡医師の話だと、今、佑宇真は、一切の記憶を失っているらしい。
(じゃあ、オレを『好きだ』と思っていてくれていた佑宇真は、今はいないということだ……。)
オレは、ショックのあまり、しばらくの間、椅子に座ったままでいたのだった。

あまりにも、長い間、椅子に座って、呆然としているオレを見かねたのか、沢渡医師は先生を呼んでくれた。
今、オレは、先生の車で、家まで送ってもらっている。
「優木、お前、大丈夫か?東青が、お前があまりにもショック受けてるみたいだから、迎えにきてやれって、言ってたからさ。」
先生は心配そうに、優しく聞いてくる。
「冴樹、記憶喪失になってしまったんだってな。東青から聞いた。」
だけど、今のオレには、先生の言葉が頭にうまく入ってこない。
それよりも、佑宇真が、オレを忘れてしまったことのほうが、ショックすぎた。

家に帰ってからも、オレは、佑宇真のあの表情が忘れられない。
まるで、知らない人を見る目と口調。
数日前までは、両想いになるはずだった、オレと佑宇真。
それが、一瞬の事故で、砕け散り、引き裂かれてしまった。
佑宇真の記憶喪失とともに……。
(佑宇真の記憶は戻るのだろうか?)
オレはの心は、不安だらけの迷路の中をさ迷っているようだった。

毎日、放課後になると、オレは、佑宇真の病室に行った。
最初は混乱していた佑宇真も、落ち着きを取り戻しつつあった。
家に置いてあったアルバムなどを見せて、説明したりもした。
ここ数日で、佑宇真は、やっと自分が、『冴樹佑宇真』であること、オレと魔裟斗、表向きは魔裟斗と寧々が、『幼なじみ』であることを理解した。
佑宇真の理解力には感服する。
やっぱり、それだけ、頭が良いということだろう。
「なぁ。」
佑宇真は、オレを呼んだ。
「ん?何、佑宇真?」
「何で、寧々は、俺のお見舞いに来てくれないんだ?」
「えっ!?」
(目の前にいるオレが、その『寧々』だよ。)
今すぐにだって、そう言ってしまいたい。
(でも、佑宇真をこれ以上、混乱させて、困らせたくないんだ……。)
オレは、そう思って、切なくなったが、
「佑宇真が会いたいっていうなら、明日にでも、ここへ連れて来ようか?」
無理やり笑うと、そう言った。
佑宇真は、オレの顔をしばらく見ていたが、
「別に連れて来なくてもいいよ。」
そう言った。
「えっ!?だって、佑宇真は、寧々に会いたいんじゃ……?」
オレが、そう言い終わる前に
「だって、お前、何か、無理やり笑って、辛そうな顔してるから……。」
佑宇真は、オレを気づかうように、そう言った。
(バカだ、オレ。今の状態の佑宇真に気を使わせるなんて……。)
「オレ、そんな顔してないよ。」
オレは、笑顔で、佑宇真を安心させるように、そう答えていた。
そして、次の日、寧々を連れて来ると、佑宇真と約束したんだ。
その時も、心では哀しんで、顔では笑顔を作りながら……。